2月の日記

 

シングル・アゲイン

恭喜發財!

雪が降ってきた

大きくなったら・・

春まだ遠く

氷の道だって

疲れてるのかな

バレンタイン・デー

いい夢が見られますように

裁判所

三つのお願い

通りゃんせ

引越し

引越しその後

保育園!

ボクが生まれる前は

季節はずれの転校生

就職戦線

就職戦線異常あり?

また一騒動

これで全て完了

2002年2月1日

シングル・アゲイン

わけあって、また、シングルに戻ることになった。一緒になる時と違い、これは紙切れ一枚ではすまない世界一重い契約の破棄。

まずは、離婚届を提出し、本籍地を移し、新しい戸籍を作る。子どもの親権者は私になるので、子どもの親権の申し立てをしなければならないが、これは、私の新しい戸籍ができあがってから、古い戸籍と一緒に家庭裁判所へ出向き、申し立てをする。その後、もう一度役所に赴き、子ども達の籍を私の籍に入れる「入籍」手続きをしなければ成らない。数週間かかる見込み。

さて、次。子どもの児童扶養手当と保育園の申請など、詳しい手続きをするため、役所内の福祉センターへ行く。保育園の手続きはめんどうで、すでに4月入園の手続きは済ませたが、入れる見込みは低いため、3月入園の分もする。今回の職員は、はっきりモノを言うおばちゃんだったが、色々親身になって相談に乗ってくれた。なるだけ、優先順位があがるように、特記事項のところに色々書いてくれた。

それからそれから。児童扶養手当の申請。事前に、必要書類十数点を揃えていったが、まだ足りない。海外から戻ったということで日本での収入がないという証拠書類(源泉徴収とか)がなかった。パスポートのビザのコピーや香港IDカードのコピーを提出したが、これでは、「所得がない」証明にはならない。職員のおばちゃんが知恵を絞り、一つの解決策を出した。

「じゃ、一筆書いてもらおう!」
一筆?○年から○年まで、海外に在住しており、所得はまったくありませんでしたという念書を書くというものだった。ったく、日本の役所はめんどくさいな。でも、今日中に書類申請をしておけば、翌月から手当がおりるから、もらえるものはもらっておきなさいという職員さんの配慮であった。

ネットで調べた時、手当の申請の際、プライベートなことを根ほり葉ほり聞かれると言っていた人がいて、どきどきしていたが、余計なことは聞かれず、なるべくスムーズに手当が受けられるようにしてくれた。貯金通帳まで持っていったのだ(中は見られなかった)。

まだある。新しい住民票をもらい、印鑑証明を作る。それから、離婚によって社会保険から国民健康保険に加入しなければならないので、その申請に行く。申請には、社会保険から脱退したという証明書が必要だということで、これは次回のおあずけ。国保に加入したら、ひとりおや医療費助成を受けられるので、こっちも手続きをしなきゃいけない。

最後に、児童手当の申請。これは、子どもがいる家庭に給付されるもので、さほど面倒ではないが、住民票9年間空白事件があったため、前の住民票が置かれていた市から非課税証明が必要になった。これはとりよせないといけない。

疲れた。。最後の、窓口では疲れきって、質問する気力もなし。えっと、これからやることは、前の戸籍4通取り寄せ、非課税証明書も取り寄せ、それから、所得がないという申告書を書いて、新しい戸籍が出来たら家裁へ行くのだ(メモ代わり)。今月中に終わるかな。

予想外のことがおきまくり、前途多難な旅立ちになりつつある。早く落ち着けるといいのにな。
 

 

2002年2月3日

恭喜發財!

旧正月あけましておめでとうございます!

こちらはすっかり正月気分は終わってるけど、中華街では、ドラゴンダンスをやったりと、一部では旧正月のお祝いがあるよう。うちには、赤や金色の華やかなカードが届き、少しだけ旧正月気分を味わってます。カード下さった方々、どうもありがとう。

ところで、この「恭喜發財」。文字通り、お金が入ってきますようにの意味があり、金儲けの話をしながら、新年のお祝いをするというところが、なんだか中国らしくて面白い。うちは、トラディショナルかつコンサバティブな家庭で育ったので、新年はお金を使ってはいけないと子どもの頃から言われて育った。新年早々、散財すると、その年一年散財するとかで、新年は静かに過ごすものだった。

所変われば、新年早々、爆竹ならす地域もあるから、新年がおめでたいという気持ちがあれば、細かいことは気にしなくていいんだろう。

旧暦では、今が新年。もう一度、あけましておめでとうございます。今年は良い年でありますように。

 

 

2002年2月4日

雪が降ってきた

昨日、また、雪が降っていた。この冬、何度目の雪になるんだろう。粉雪が舞っただけで、すぐに消えてしまった。

子どもの保育園は無理そうだけど、私立幼稚園はなんとか確保できそうなので、派遣会社に登録に行く。子どもを連れて行くわけには行かないので、友人が預かってくれた。持つべきものは友達。困った時、へこんだ時、ボロボロになった時、いつも友人達に助けられた。ありがとう。

さて、業界大手の派遣会社は、海の側にある高層ビルにオフィスを構えている。通された部屋にはパソコンが何台も置いてある。ここに座って、自分のIDナンバーを入力し、個人情報や職歴などを入力するように言われる。なるほど、履歴書はいらないわけだ。会社案内もPCにビデオを繋げて、一人で勝手に見る。

時々、担当の人が様子を見にきたけど、基本的に、一人でPCに向かい、ぽちぽち入力する。合理的だなあ。

「英会話チェックを行いますので、こちらにどうぞ」
そういえば、私は英語関係の仕事を希望していたんだった。通された部屋には誰もおらず、電話が一台置いてあるだけ。誰がチェックするんだろう?

「この電話に、契約しているスタッフの一人とお繋ぎしますから、5分間ほどお話して下さい」
ああ、なるほどね。ネイティブスピーカーと連絡して、電話越しに英会話のスキルチェックを行うわけか。うーん、合理的だ。電話口で、アメリカ人女性と5分ほどお話する。彼女には、子どもが4人いて(!)、在宅でちょくちょくこういった仕事を引き受けているらしい。色んな仕事があるんだと感心。

無事に、チェックも終わり、次は、英文タイプ、和文タイプ早打ち測定、算数、漢字の読み書き、性格チェックなどあらゆるテストを、PC画面上で一人黙々と行う。そして、スタッフと、インタビューして、仕事の開始日や条件などを話し合う。小さい子どもがいるので、保育園に預けている時間内しか働けないこと、通勤時間はできるだけ短い方がいいなど、条件をつけると、仕方がないけど、仕事の幅は狭まる。

インターネットでも仕事検索ができ、気に入った仕事があれば、連絡すればいい。スタッフ側から、いい条件の仕事があれば連絡が入ることになった。とはいっても、当分は動けないのだけど。。

早く春が来ればいいのにな。
 

 

2002年2月5日

大きくなったら・・

「ボクが大きくなって、マミィちゃんとおんなじくらいの身長になったら、車にのせてあげるね。パープルの車にするの。しょれで、みんな車にのって、いろんなとこに連れてってあげりゅ。」

うんうん。ありがとね。でも、この子たちが本当に大きくなれば、自分の世界を持つようになって、いずれは、私から巣立っていくんだろうな。

親が子どもにしてやれることは限られているから、大きくなればなるほど、私ができることは少なくなっていくから。少しずつ、親を必要としなくなってしまう。今の私みたいに。

今は、まだ、必要とされている時だから、できるだけのことをしよう。
 

 

2002年2月7日

春まだ遠く

新しい私の戸籍ができあがったので、またもや、役所へ行く。なんかもう常連客って感じ。

新しくできあがった戸籍を4通もらい、そのうち1通を持って、児童扶養手当の不足書類として提出する。前回、言われた「所得がないという申請書」も添えて。これで大丈夫だろうと思いきや、
「あなたの名前が抜けた古い戸籍も必要になりますから、そちらも提出してください」
と言われた。ああ、まだあったか。。これは今、取り寄せ中だから、来週にでも持参できるだろう。

ついでに、保育園状況のことをもう一度、聞いてみる。現在、審査中なので何とも言えないが、掛け持ちで申し込んでいる人もいるから、もしかして、空きがでるかもしれないという最新情報!区内の保育園分布地図を見ながら、保育園空き状況を予測する。保育園が密集している地域とそうでない地域があり、密集している地域の方が、もちろん、空きがでやすいらしい。いいこと聞いた。また、公立保育園より私立認可保育園の方が、人数の調整をしやすいらしい。

空きがあっても、申し込みしていなければ入る事ができないので、念のために、追加で2園申し込んでおく。これで、3月入園の4園と4月入園の6園の申し込みをしたことになる。掛け持ち分もあるが、8つの保育園に申し込んだ。一つくらい空きがでないかしら。結果は今月末。やるだけやったので、あとは運にまかせよう。

家の近所の保育園1園を除き、すべて遠くなってしまう。小学校に入るまでの辛抱。しょうがない。役所の職員さんに、
「大変だろうけど、赤ん坊背負って行くわけじゃないからね」
と言われる。たしかにそうだ。

その後、銀行に寄って、帰途につく。ああ、つかれた。ぼんやりしていたら、帰りの電車に間違えて乗ってしまった(大汗)。

香港から帰国したばかりの頃は、駅までの数分歩くのもしんどいと言っていたちっちゃいムスコ達は、文句も言わず、どこまでも私についてくる。こんな親でも、この子達にとっては、親は親。頼れるのは私だけ。

春はまだ遠く、長い冬だけど、いつかこんな日もあったんだと思う日が来るのかしら。

 

2003年2月8日

氷の道だって

2月に入って、随分と経つのに。、カレンダーの月を変えるのを忘れていた。PCのデスクトップの壁紙は、いつもWeb上からひっぱってきた素敵な壁紙を使っている。

2月の壁紙も素敵。しかし、タイトルを見たら、絶句してしまった。「氷の道」だって。。なんか、私の今の状況!?

もう少し景気のいいタイトルにしてくれないかな(涙)。まあ、イバラの道とか断崖絶壁とかよりかはましかもしれない。今月は、この「氷の道」と名づけられている壁紙を使おう。来月は、もうちょっと明るい壁紙でありますように(切実)。

 

 

2003年2月10日

疲れてるのかな

こちらに戻って、2ヶ月。帰国前からやることがいっぱいあって、今が頑張り時だから頑張らないといけないと思い、飛ばしすぎたのか、最近、疲れのせいか肩が凝って仕方がない。筋肉が緊張しているのかな。

幸い、子ども達は明るく元気に育っているし、そこそこ物事も進んでいるけど、あと、もう少し前に進めば落ち着けるのにという気持ちが前に出すぎてしまう。引越しは来週。子どもの保育園の入園状況が発表されるのが今月末。他にもやらなければいけない書類の手続きがあるのに、仕事探しまで手を出すのは無理。それはわかっているのに、なぜか焦ってしまう。ちゃんと見つかるのかなとか、この不況時に子ども二人育てていくにはまず、経済力をつけないといけないとか考えてしまう。

今はそんな時期じゃないのはわかっているんだけど、なんかやっていないと落ち着かない。状況は変わるから、長い目で見ないといけない、成る様になるからと何度、友人たちから言われたことか。たかが数ヶ月、焦って進めたところで、何も変わりはしないのに。

大人しく、もうしばらく、冬ごもりしてよう。

 

 

2003年2月12日

バレンタイン・デー

今日は、銀行と郵便局に諸用があって出かける。帰国して数ヶ月の間、私達の出没エリアは、1.役所、2.銀行、3.郵便局。とほほ。。めんどくさいから、さっさと終わらせよう。

巷では、もうすぐバレンタイン・デーらしい。ま、今の私には関係のないことだ。あはは。ちぇっ。日本では、女の人が男の人に告白したり、義理チョコ配ったりする日なのだ。

本来は、男性から女性に告白する日らしい。香港では、若い女の子が、バレンタイン・デーに大きな花束を誇らしげに抱えながら歩いていたりする。この日は、平日だから、当然、プレゼント
は会社に届けられる。大きな花束をもらった女の子は、同僚達に自慢げに見せられる。オンナの虚栄心みたいなものを満足させるにはうってつけかも。

若い女の子にとっては、結婚はやはり人生の一大イベント
。雑誌などを読んでいても、最終的なゴールは運命の人を見つけ、理想的な結婚をすること。でも思うの。結婚はゴールではなくて、一つの始まりにすぎないこと。恋愛は純粋さだけである期間持続することができるけど、結婚は日常生活の繰り返しだということ。努力し続けなければ壊れやすいこと。結婚という大切なことを決めるには、冷静さと的確な判断力、現実を見る目かもしれない。

そんな現実的な事を考えながら、夢のような巷のイベントの話を聞く。若いというのは、純粋なだけにすごいことかもしれない。

 

 

2003年2月13日

いい夢が見られますように

「神ちゃま、きょうは、夢を見ませんように」

ある夜、小さなクマのぬいぐるみを抱いて、布団の中で祈っているムスコ。怖い夢でも見たのかな?

「しょうなの。おばけが出てくるから、夢見たくないの」

大丈夫。神様にお願いしたから、もう見ないよ。

「でも、神ちゃまは高いところにいるから、聞こえないよ。だから、大きい声で言ってみよう」

でっかい声でお願い事をする。これで聞こえたよ。もう怖い夢もおばけも出てこない。

ついでに、私もいい夢が見れますように。

 

 

2003年2月14日

裁判所

待っていた書類が届いたので、家庭裁判所へと出かける。いつもは子ども達と出かけるのだけど、裁判所には連れて行きたくなかった。ちょうど、母が仕事がオフの日があったので、預けて出ることにする。引越し前で、忙しそうで申し訳なかったけど。

午前中、家を出て、家庭裁判所へと向かう。裁判所がたくさんあったので、早速間違えてしまった(大汗)。ようやく目指す家裁に着いたのは、ちょうど12時。お昼休みの時間(泣)。

法と権威の場のはずである灰色の裁判所にいると、なんだか生気を吸い取られそうな気がする。殺風景な待合室で、みんな黙って、じっと自分の順番を待っている。やっぱり、子ども達は連れてこないでよかった。

私は争うことはもうないので、たんに、書類上の手続きだけ。言われるがままに書類に書き込み、提出する。早くこの場を出たかったので、何も質問をせず、黙々と書き込み、あっさりと手続きは終了した。これで、子どもの籍を私の新しい戸籍に入れる許可書の申請が終わる。

次は、役所に赴き、さっきもらった裁判所からの申請書と古い戸籍を提出し、子ども達の「入籍」手続きをとる。こちらの方も、必要書類はすべて揃っており、完了。

もういっちょ。児童扶養手当の不足書類の提出に行く。すでに十数点の書類を提出しており、残る一つの書類を出し、こちらも完了。

最後に、児童手当の不足書類の提出。こちらも難なく終了。これで、おおかた書類の手続きは終わった。残りも、今月中には終わるだろう。

今日は、バレンタイン・デー。何の因果か、裁判所と役所で忙殺した一日。外はまだ冬枯れの景色だけど、風には春の気配。結婚生活から解放され、少しだけ自由な風に吹かれてみる。来年の今頃は、どんな風に吹かれているのだろう。

 

 

2003年2月15日

三つのお願い

「神さま、
変えられないものを受け入れる冷静さと、
変えられるものを変えていく勇気と、
その二つを見分ける賢さを与えてください。」

って言ったのは、あるアメリカ人。まったく別の所で、別の人が話したことを偶然に、立て続けに耳にする。

私もほしい。冷静さと、勇気と、賢さ。この三つがあったら、もっと、うまく生きられるのに。
 

 

2003年2月16日

通りゃんせ

久しぶりに、街中を一人で歩く。立春を過ぎたあたりから、少しずつ寒さが和らぎ、通り抜ける風には、刺すような冬の冷たさはなく、暖かい春の到来を思わせる。

大通りで、信号が青になるのを待つ。信号が青に変わると、
音楽が流れる。「通りゃんせ」

通りゃんせ、通りゃんせ。
ここはどこの細道じゃ
天神さまの細道じゃ

私は、裁判所へ向かう途中。この道は、天神さまの細道なのか、それとも、鬼道の抜け道か。

行きはよいよい
帰りはこわい

行きはあっても、帰る道はなし。こわいものは一つずつ減っていく。鬼神も天神もよけて通れ。

手ぶらで、ぶらぶら帰り道を歩く。重い荷物をすべて放りだしたい気分。

通りゃんせ。

 

 

2003年2月17日

引越し

いよいよ明日、お引越し。ダンボールの山に埋もれてPCしてる私。いい天気だとよいのだけど。

ブロードバンドの移転も申し込んだ。早さがウリのYahoo!BB。最初に申し込んだ時は、即効で接続できた。公約どおり、10日以内、正確にいえば、申し込みから6日目で開通。にもかかわらず今回は、電話線の名義人が変わるから、電話業者との工事の連絡がつかないとか言ってる。他のメーカーなんか、申し込みから1ヶ月しないと開通しないとかぬかしているから、Yahooの方がましかなあ。

人が多いし、手続きが煩雑なんだよなあ。日本。役所でもそうだけど、「きちんと」しようとすると、こういうことになっちゃうらしい。しょうがない。これが日本。

 

 

2003年2月20日

引越しその後

なんとか引越しも終わった。でも、まだ、ばたばた。私専用ライン(ぱんだライン)を引く予定だったのに、電話の配線の関係で引けなくなった、結局、ブロードバンドの申し込みもやり直し。しょうがないので、電話線を引っこ抜いて、電話回線でネット中。

N○○の人たちによると、LAN回線を無線で飛ばす装置が売ってるらしいから、それを買ってこようかな。その前に、ADSL早く通ってくれよー。

引越し蕎麦ならぬ、引越し土産をマンションの人に配って歩いた。うちのフローロング工事を阻止した階下のおやじ。一体どんな人やら。

ピンポン〜ならすと、奥様が出てきた。
「ごめんなさいね。色々うるさいこと申し上げて(ひそひそ)。。」
この奥様はいい人みたい。こうるさいおやじをオットに持って大変だ。
「私、ピアノを教えていて、夜も授業がありますから、うるさくなるかもしれませんが、よろしくお願いします。」

・・・・・。うっ。。あのピアノの音は階下からだったのね。フローリングよりそっちの方がよっぽど回りに響くだろうに(涙)。こんなことなら、工事を強行すればえがった。えーん!

このあたりは昔からある住宅地。駅前には、地元商店街があって、活気がある。土地柄なのか、明るくて親切な人が多い。挨拶まわりをしたけど、皆、若くて感じの良い人たちばかり。変わってるのは、階下のおやじだけだったのだ。。

さて、そろそろ掃除しよ。To be continued..

 

 

2003年2月21日

保育園!

引越しの後片付けも大方終わったある日の夕方、一本の電話が入る。区役所からだった。

「○○保育園に空きがあるそうですから、よかったら、見学されたらいかがですか?」

ええーー!?行きます行きます!!この保育園は、区役所に通い詰めていた時、紹介してもらい、追加で申し込んだ園だった。保育園が密集している地域の方が、動きが出やすいこと、公立より私立保育園の方が人数の調整ができやすいことなどから、2園追加で申し込んだうちの一つに空きがでたらしい。何度も役所に足を運んだかいがあった。。

早速、翌日に見学に行く。保育園は家から少し離れており、電車で一つ隣の駅の側にある。キリスト教教会が運営し、戦後からずっと続いている園。この日は、雲ひとつない穏やかないいお天気。電車で隣町まで行き、線路沿いをてくてく歩いていくと、緩やかな坂道の上に、赤いレンガ色の教会が見えた。この教会の向かいに目指す園があった。

園の先生とお話をする。先生がおっしゃるには、区役所から連絡があり、私が困っているらしいので一日も早く入れてあげて下さいと要望があったそう。涙腺が緩みがちなこの頃、思わずうるうるしてしまう。うえ〜ん。。

ご都合がよければ来週からでもいらしてくださいというお言葉に甘え、早速、来週から通園することになった。よかった。日系の保育園や幼稚園は、準備するものがたくさんあるのが常らしいが、この園は、親の負担をできるだけ少なくするのが方針らしく、必要なものは何点かあるが、家にあるものや既製品でも全く構わないし、入園して様子を見てから揃えても構わないという。

ムスコ達は真新しいカバンと帽子をもらい、はしゃぎながら、帰途につく。帰国して3ヶ月。新しいお友達ができないのが悲しかった上のムスコは、帰ってから、早速、自己紹介の練習と保育園ごっこに忙しい。

ともあれ、無事に決まってよかった。残るは、私の仕事探しのみ。これから、就職戦線に本腰を入れなくちゃ。

 

 

2003年2月23日

ボクが生まれる前は

時々、上のムスコが不思議な話をしてくれる。自分がこの世に生まれる前のこと。

「マミィちゃんのお腹にね。上から、ひゅうんって飛んできて入ったの。お腹の中にテレビがあって、そこから、マミィちゃんともお話できたんだよ。早く出たい、出たいって、早く出てきちゃったの」

そう、上のムスコは早産だった。1ヶ月も早く出てきちゃった。

「出てこようと思ったら、怖くなってまた、戻っちゃったんだよお」

知ってる知ってる。痛かったんだよー。

「生まれる前は、お父さんのおじいちゃんのお家にいて、マミィちゃんのお腹に入りたかったから、入ったの。○ちゃん(下のムスコのこと)は上から来たの」

ふーん。彼の話によると、生まれる前から、下のムスコと一緒にいたらしい。だから、こんなに仲良しなんだ。

子どもは親を選べないと言うけれど、本当は、ちゃんと選んで生まれてきているんじゃないだろうかと思う。この子達は、何か縁があって、私を選んでくれたんだろう。

子ども達が不憫、可哀想だという人もいるけれど、今を一生懸命生きている子ども達に対して、同情するのは失礼じゃないかと思う。与えられた環境の中で、機会を最大限に生かす事ができる人間になってほしいな。周りを恨むことなく、他人のせいにすることなく。
 

 

2003年2月24日

季節はずれの転校生

季節はずれの転校生は、わけがある。そして、うちのムスコ達は、転校生として、新しい保育園に通い始めた。

保育園初日の今日。あいにくの雨だった。冬の雨は本当に冷たくてさむい。真新しい帽子とカバンを身につけ、小さな傘を持って、私の後を必死でついてくる。天気がよければ手をつなげるけど、今日は荷物も多くて、各自、歩かせることにした。カルガモ親子のよう。はぐれないように命綱をつけたい気分。

駅まで、小さいムスコ達が歩くと、20分以上かかってしまう。びしょぬれになりながら、ようやく駅に到着。そこから電車に乗って隣町の保育園まで行くのだ。

隣の駅からまた歩く。線路沿いの細い道。坂の上のレンガ色の教会が見えるまで歩く。ちっちゃい方のムスコはもうふらふら。しょうがない、まだ3歳。結局、家から保育園まで45分かかってしまった。

区役所から、ある程度、話は聞いているだろうけれど、園の先生方は何一つ、私に問いただすことなく、他の人たちと同じように受け入れてくれた。休み中、ずっと自己紹介の練習をしていたムスコたちも、いざ、保育園に入ると、緊張して固くなっている。

正直、私は保育園は初めて。私の親などは、小さい子どもを保育園にやるのは可哀想だと散々言っているが、子どもは子供同士の中で育つのが一番いいと私は思う。大人は愛情をたくさんかけても、余計な手はあまりかけすぎないほうがいいんじゃないかなと思う。

なんというか、保育園に通う子ども達は逞しい。1歳児から預かっているこの保育園には、たくさんの子ども達がいるが、泣いている子は一人もいない。この子達は、赤ちゃんの時からこうして、子供同士の中で関わりながら生きてきたんだろうな。送り迎えのママ達も、互いに必ず挨拶を交わし、いい感じ。

しばらく慣らし保育をしてくれるそうなので、今日はちょっとだけ遊んでおしまい。半べそかいてた下のムスコ、もっと遊びたがった上のムスコ。慣れるまでもう少しかかるかな。

 

 

2003年2月25日

就職戦線

保育園二日目。今日は、天気がいいので、歩いて行ってみよう。直線距離でいけば、歩いても、電車に乗っても時間はさほど変わらないはず。

「この道でほんとにあってるのお」
というムスコの言葉はあったが、ちゃんとたどりついたぞ(えへん)。歩いて40分。電車で通うと遠回りになるから、時間的には変わらないか。明日からも歩いていこう。

まだ半べそをかいている下のムスコに対し、上のムスコはすっかり新しい保育園が気に入ったようで、もっといたいと連発していた。よかったよかった。子ども同士はすぐに仲良くなれるから大丈夫。

さて、昨晩、友人から電話があった。仕事探してますと色んな人にいい回っているので、仕事の紹介の電話だった。彼女のご主人は外資系企業に勤めており、新しいセクションをたちあげる際の新規スタッフを募集しているということ。なんでも、来るはずの人が急に来れなくなったとか。
「上司がちょっと変わった香港人ですが、大丈夫ですか?」

ははは。そーいうのは慣れてますから構いませんわ。しかーし。問題点あり。仕事が終わるのが5時半。都内のその場所まで、保育園から1時間はかかるだろう。保育園のお迎えは6時半まで。なにがなんでも、この時間には保育園にたどりついていないといけない。5時半か。。正直、きついなあ。基本的に残業はないらしいが、1分も残業できないと約束までできない。ちょっと遅れたら、子どものお迎えに間に合わない。

先方は、私の職歴と全く違う畑であることとか、キャリアになる仕事ではないことで、躊躇している様子。だって、外資系の半導体関連の企業だもん(爆)。半導体。なにそれの私でした。とほほ。。

仕事も縁とタイミング。今回は縁がなかったということで諦めよう。でも、就職活動初日から一応、お話があったから幸先はよろしいということにしておこう。

 

2003年2月26日

就職戦線異常あり?

仕事探してます!とあちこちでいい回っているので、友人達がいろいろ情報を教えてくれる。本当に困った時の女友達。結婚運はないが、友人運には見放されていないみたい。

私の経歴はちょっと変わっているらしく、派遣会社に登録すると、大体、難色を示される。結局、派遣会社としては即戦力になる人材を派遣するわけだから、私の経歴からいくと、同じ仕事は紹介できない。事務のプロフェッショナルな経歴とか、秘書やってましたとか、金融業界に強いですとか言ってみたいけど、自分の好きな仕事ばかり選んでやってきたので、なかなか難しい。

先日、元同僚から、幼稚園の先生をやってみないかと聞かれた。インターナショナルスクールのナーサリー。元同僚の友人が経営しているらしい。ネイティブだとすぐに転勤でどこかに行ってしまうので、地元に根付いたスタッフも入れたいらしい。幼稚園の先生。。私が。。?

たしかに、残業はなさそうだし、場所もいくつかあって選べるらしい。幼稚園の先生。。しかも、インターだ。ただし、そこはある教育理念に基づいて経営されているので、教師要請校のようなところで資格をとってからになるらしいが。自分の子どもだけでもひいひい言っているのに、よそ様の子どもたちまで見れる自信なし。

一体、どんな仕事が次は出てくるんだろう?

 

 

2003年2月27日

また一騒動

さて、離婚後の手続きもあと少し。今日は、国民健康保険に加入する手続きをし、ひとりおや医療費助成の申し込みに行く。私と子ども達の医療費はこれで無料になるのだ。保険証が届くまで、病気にかからないようにしよう。

次。年金の切り替えをする。そこで、また問題発覚。私は結婚してすぐに香港にやってきた。バタバタしていたので、年金を元オットの被扶養者にする手続きをしていなかった。。私の年金(涙)。

区役所の職員さんが言うには、海外滞在中の年金に関しては、任意なので、支払い未納ではなく、任意で支払っていなかったことにすれば多少は、違ってくるらしい。

明日は、社会保険事務所に行かなければ。社会保険事務所の場所は・・・と。。おっ、うちの裏じゃないか。あはは。早く行ってこよう。

自動車免許の書き換えもしたいけど、とてもそこまで手が回らない。車あったら便利なんだけどなあ。

 

 

2003年2月28日

これで全て完了

私の年金。。結婚していた間の年金がもらえないかも(涙)。とりあえず、現行ではさかのぼって2年間分しか申請できないのでそれだけしておいた。社会保険事務所の人が言うには、来年春あたりに保険制度が改正されるかもしれないから、その時に、うまく未納分時代の申請ができればと言っていた。知らない間に、年金の手続きをしていない人は意外に多いらしい。

今まで、人任せにしていた分、すべて自分でやってみると面倒なことがいっぱい。でも、自分でやる方が安心は安心だけど。

ともかく、これで、すべての手続きは完了。今日は二月最後の日。離婚してから丸一ヶ月かかってしまった。明日から3月。新しく月が始まる日に、一から始められるのはよかった。明日からも頑張ろう。