2005年3月の日記

もうすぐ卒園

春の雪

大掃除

インフルエンザ?

ハッピー・バースデイ☆

遠足だったのに

流行風邪

卒園前夜

卒園式

病原菌からの攻撃

お弁当週間

復活節

果報は寝て待て

2005年3月2日

もうすぐ卒園

いつの間にか3月に突入してしまった。やっぱり、2月は逃げるように終わってしまったのだった。

下のムスコも4月に小学校に入学するので最後の保育園生活になる。思えば、2年前、初めて保育園の門をくぐった時の事が遠い昔の事のよう。あの頃は、保育園が遠くて、実家から30分以上かけて通園していたのだ。3歳の下のムスコは足元がふらふらになり、雨の中、顔面から転んで血まみれになったんだっけ。毎日、朝早く3人で手をつなぎながら通った。たった2年で随分、逞しくなったものなのだ。

3月に入ると、園児が劇や演奏を見せてくれる催し物がある。去年は感動のあまり、先生も親も泣きながら演奏していた。本当に上手だったし、あんな頼りなげだった子達がこんなに立派に人前で披露できたのだ。

さて、今年は。。やんちゃで有名な今年の年長さん。ムスコはタンバリンを持っていた。緊張感はみじんに感じられない。にこにこと嬉しそうにタンバリンを持っていた。演奏が始まり、嬉しそうにタンバリンを叩いていた。太鼓を叩いている子は何が楽しいのか、たいこを叩くたびにげらげら笑い出す。それにつられてムスコ達も笑い出す。見ている私も笑い出す。いけない、ビデオ撮影をしているんだった。必死に笑いをこらえようとすると、ビデオを持つ手がひくひく震え、画面がぶれまくり。ぶるぶる震える手でビデオ撮影。

劇はなんだかわからなかったが、みんな楽しそうだった。お歌も一部歌詞を間違えていた気がするが、そんなことは誰も気にしない。笑いながら送る会は終わったのだった。

あれ、去年は泣いたんだっけ?

 

2005年3月3日

春の雪

暦では春らしい。一気に暖かくならないのが日本の気候。今晩は雪が降りそうだ。春の雪かしら。

春はお別れの季節でもある。会社でも社内一イケメンといわれているA君の海外駐在が決まった。明日出発なので、あいさつ回り。みんなでわいわい名残を惜しんでいた時、彼の後姿を何気なく見たら、寂しそうだった。否、駐在は希望だろうから寂しいと言うより、不安そうに見えた。A君のお父さんはもう亡くなっていて、お母さんと弟さんと暮らしているはず。お母さんは寂しいだろうな、と思った瞬間、口に出してしまった。
「多分、寂しいでしょうね」
とA君は応える。

つれあいを亡くして寂しくても、息子の世話をすることで多少は気が紛れる事があるだろう。そんなお母さんをわかっていて、面倒を見てもらっている気がする。自分が親だったら、息子の海外駐在を喜ぶ反面、寂しさとか心配も大きいだろうな、と思った。泣いてしまうかもしれないな、私なら。

弟くらいにしか年が離れていないA君が息子に見えてしまった。旅立ちの日は雪かもしれない。がんばれー。

 

2005年3月5日

大掃除

短い間だったけどお世話になった保育園の大掃除の日。都心ではめずらしい大雪が降った週末。かなりつもったように見えたが、翌日にはほとんどの雪は日の光に溶けてなくなっていた。

古い保育園は今時めずらしい木の窓枠やかなり年季の入った室内だ。ちょっとモノをどけると怖ろしいばかりのホコリの山。ひいー。保育園の大掃除は任意のボランティア父母が年に3回募って行われる。午前中1時間半ほどだけなんだけど、みんなで拭き掃除をすきとかなりすっきりぴかぴか☆ああ、誰かワタシのうちも拭き掃除して〜(>自分がやれ)。

保育園は赤ちゃんの時から預けられるので、最長6年間お世話になる子供もいる。兄弟姉妹の兼ね合いで、10年間保育園に通い続けたワーキングママの話を聞くと、心底、尊敬してしまう。仕事をしながら時間を気にしながらの送り迎えはほんとに大変なのだ。

この保育園は各学年1クラスしかないので、密着度はかなり強い。たしかに朝から夕方まで毎日毎日一緒に過ごしているわけで、ヘタすると親より保育園で過ごす時間の方が長かったりする。卒園式の席順は、名前順ではなく在籍期間が長い順なのだ。在籍6年組から順々に着席すうr。下の息子は保育園に2年1ヶ月通った。年少さんの3月からだからさほど長い期間ではないけど、ずっといるような気がする。

もうすぐ卒園か、と思いながら、短い間お世話になった古い保育園の埃を拭き取る。桜が咲く頃にはぴかぴかの一年生になる。子供はいつか手が離れてしまう。大変だった頃なんて長い一生から見たらほんの短い期間にしか過ぎないのに、どうしてあんなに焦っていたんだろう?もう急ぐのはやめようかな。疲れてしまったから。

 

2005年3月8日

インフルエンザ?

日曜日、寒風ふきすさぶ中、買い物に出かけた後、3時間後に肩が突然、凝り固まったように痛くなった。体中痛くなり、胃も痛くなった。食欲もなく、少し熱っぽいようだ。喉も少し痛い。嫌な予感がするので、早々に布団に入って寝た。

翌朝、やはり体の節々が痛くて、熱っぽい。熱を測ると37度だった。会社を休むほどじゃないので、そのまま出勤。朝一番で会社の医務室に直行(最近、病気はこれで済ませている)。そしたら!休診だった(泣)。看護婦さんに泣きつき、解熱剤と胃薬だけもらう。解熱剤を飲むと少し楽になった。お昼はパンとゼリーくらいしか食べられない。あまり動きたくないので、じっと座ってちんまり仕事をする。気のせいか、デスクの横には書類の山ができている。

そのまた翌日。早朝4時半にくしゃみで目が覚めた。怖ろしいばかりの花粉の嵐でくしゃみと鼻水が止まらず、おまけに熱っぽく、花粉症だか風邪なんだかわからないまま朝が来た。やはり微熱がある。今日こそは医務室で医者に見てもらおうと意気込んでいたが、めずらしく込み合っており、診てもらえたのはお昼前だった。
「うーん、軽いインフルエンザB型っぽいね。でも喉も痛いなら、風邪かもしれない」

とりあえず消炎剤、抗生物質、胃薬、花粉症の薬をもらう。インフルエンザは高熱が出るものだと思っていたが、軽いものはたいして熱が出ないらしい。たしかにウイルスっぽい感じの症状の出方。

花粉症で鼻水はずるずる、目はなみだ目、体もだるいし痛いし、熱っぽい。肩というか首の辺りが凝り固まってしまうのが、私の風邪の引き初めなのだ。朝、首と肩の体操なんかしてみたが、余計に筋肉が硬くなり、筋肉痛になっただけだった。今年の冬、何度目か数え切れない位のの風邪をまた引いたらしい。薬を飲んだら少し楽になったので、いつのもように仕事をして帰る。気のせいか、私のデスクの横の書類の山がさらに高くなっていた。

免疫力が日々低下しているワタシ。でも、おたふく風邪になった去年。1週間家から動けず、その後一ヶ月間合併症に苦しんだ去年に比べればまし。この3ヶ月間ずっと風邪を引き続けているけれど。

週末は1ヶ月ぶりにおばあちゃんが子供を預かってくれるので、その時にたまった仕事を片付ければいいや。そうだ、そうしよう。・・・寝よう。。

 

2005年3月10日

ハッピー・バースデイ☆

下のムスコが6歳の誕生日を迎えた。実は、先月末にお誕生日が待ちきれなくてお誕生会はしちゃったのだが、もう一度、「ハッピーバースディ☆」。

お誕生日でも普通に仕事があって、保育園、小学校もあるので、いつもとたいして変わらない一日だったけれど。6年前、出産直後に羊水が肺に入り、ずっと保育器の中で生死をさ迷っていたムスコがよくここまで元気に育ってくれたものだ。今ではすっかり体も丈夫になり、風邪もひかず、ご飯ももりもり食べる。よく喋り、よく笑い、そして、よく泣き、よく怒る。来月からは小学生になるのだ。

花粉症で鼻水をたらしながら、6年前のことを思い浮かべる。いつものように職場へ行こうとすると、上のムスコが泣いてすがりついて泣いたっけ。今思えば、チビの出産がわかっていたのかもしれない。10時半に分娩室に入って、5時ごろ産まれたんだ(はやーい)。微弱陣痛でへらへらしながら分娩室でCDウォークマンを聞いていた。陣痛が来ないから「歩け、歩け」と言われてふらふら歩いていたのを思い出す。結局、最後は促進剤を入れて一気に生まれたのだ。麻酔なしのバリバリ自然分娩。

生まれて抱く間もないままに保育器に入り、口からチューブを入れられ、荒い息をしていた小さな息子は一生懸命生きようとしていた。病気ばかりで毎週のように病院に通っていた毎日。歩くのが遅くて1歳半になってやっと歩く事ができた日の喜び。

息子達はこれからもっともっと大きく成長するんだろう。私よりずっと大きくなるんだろう。いつまで一緒に過ごせるのかな。

6歳のお誕生日おめでとう。

 

2005年3月11日

遠足だったのに

チビちゃんが楽しみにしていたお別れ遠足の日だったのに。。朝、5時半に起きて、お弁当をこしらえたのに。。朝、カーテンを開けると外は雨。雨だと知って、朝からてるてる坊主を作っていたチビちゃんの願いは叶わず、遠足は中止になってしまった。それでもリュックサックの中にお弁当を入れて登園。私はムスコと同じお弁当を持って出勤した。

暖かな小春日和だった昨日とはうらはらの肌寒い雨の一日だった。がっかり。。花粉症なので今週はずっと鼻水をたらし続け、鼻をかみすぎて鼻の周りの皮がむけてしまった。今日は、雨なのでさほど花粉は飛んでいないらしい。なのに鼻水が出るのは風邪のせいか?今日はおばあちゃんに子供を預けて残って仕事を片付けた。

仕事が終わった頃には雨は上がっていた。駅ビルで買い物をして帰宅。ビールを飲みながら一人で夕ご飯(おっさんみたいだな)。子ども達はおばあちゃんと一緒に郷里の田舎へ法事に出かけたので久々にのんびりできる休日。明日は掃除と洗濯して、美容院へ行って来よう。夜は保育園のママ達と地元で慰労会なのだ。嬉しい☆

それにしても残念だったな。今日の遠足。

 

 

2005年3月15日

流行風邪

インフルエンザかもしれないと言われたのだが、薬を飲んだらちょっと良くなった。これで調子に乗ったのが悪かったのか、今年のインフルエンザはタチが悪いのか、日曜の夜からまた微熱が出て、関節痛・筋肉痛とひどいだるさに見舞われた。月曜日、再び会社の医務室へ。

今年の冬は医務室に通い詰めているので、すっかり顔なじみになった。お医者さんに、症状を伝える。微熱と、関節痛と筋肉痛、あとすごくだるいのです、それから、喉も痛いし、鼻水もいっぱい出ます。
「今年のインフルエンザは高熱が出ないことが多いんですよ。ただ、全身のだるさとか関節痛だけが数週間続くことがあります。ウイルスですから、抗生物質は効きませんから、体からウイルスが出て行くのを待つしか・・」

水分をいっぱいとって、よく休むように言われ、また職場へ帰るワタシ(→状況をわかってない>自分)。消炎・鎮痛剤を飲んだら少し楽になったが、全身のだるさがひどく、座っているのもしんどい。上司ドノが早退したのをいいことに、自分も早退した。ああ、しんど。。

日が明るいうちにムスコちゃんたちを迎えに行くのは久しぶりだ。学童で上のムスコを拾い、保育園で下のムスコを拾い、心臓破りの坂道を登っていたら、目眩がしてきた。くらくら。。上のムスコが、マミィちゃんは病気だから、と荷物を持ってくれた。嬉しい☆

どうにかこうにか家にたどり着いた。貧乏性のワタシは早く帰って来れたので、掃除機をかけ、夕食をこしらえ、洗濯もしてしまった。これじゃ、会社で働いていた方がまし?夕食はお兄ちゃんも手伝ってくれた。男の子は優しいわ(涙)。子ども達をお風呂に入れた後、薬が効いてきたのか、猛烈な睡魔に襲われた。布団に入ると、体が沈んでしまいそう。

翌朝、熱はないので昨日よりはまし。消炎剤・胃薬を一緒にビタミンCを服用する。ビタミン足りないんだわ、ワタシ。会社であまり動かないように仕事をする。鼻水は花粉症のものとは明らかに違う粘着性の鼻水に変化し、鼻づまりがひどい。マスクを常用し、見るからに病人と言った風情だ。でも、周囲もマスク組がいっぱいいるから、違和感はない。食欲はあまりないので、カップ蕎麦とヨーグルト、野菜ジュース、薬とビタミン剤。仕事をしながら、お茶をがぶがぶ飲む。家にいるより、会社でじとっと仕事をしている方が養生できている気がする。ああ、なんて貧乏性。

ようやく一日も終わり、でもまだ火曜日じゃないの。週末は卒園式だから、ちゃんと治さなければ。今日も早く寝よう。おやすみなさい☆

 

2005年3月18日

卒園前夜

風邪を引いてボロボロ。サプリメントのビタミンCを毎日服用し始めたら、ちょっと元気になった(気がする)。今日は、春のようなぽかぽか陽気。寒いのが苦手なワタシは暖かくなって本当に嬉しい!・・・へーくしょん!!花粉症なの。

冬は苦手、春は花粉症。ワタシは日本の気候にはなかなかなじめないよう(涙目)。特に今年の花粉はすごいらしい。外を歩いても、会社の中でもマスク着用者がどんなに多いことか(自分もその一人)。毎日鼻をかみすぎて、鼻の周りがひりひりする。今日は目も痒い。かゆーい!明日は卒園式だっていうのに。。

そう、明日はいよいよ次男坊の保育園卒業の日。2年ちょっとの保育園生活だったけど、中には兄弟姉妹含めて10年も保育園に通い続けながら働くママもいて、アタマが下がる。保育園の送り迎えがなくなればどんなに楽になるだろう。朝は今より15分早く会社に着くだろうし、帰りは20分早く家に帰れるだろう。あくせく時計を見ながら、子供を一人ずつ迎えに行くことはなくなるのだ。小学生になれば別の悩み事が出てくるだろうけど、小さい子どもを育てる大変さは違う。3歳までは戦争のよう。寝不足と慢性疲労と戦いながら、必死で子供を育てていた日々はいつの間にか終わってしまったようだ。

明日はいよいよ卒園式。いいお天気になるに違いない。ムスコの晴れの舞台だからしっかり見てこなくちゃ。

 

2005年3月19日

卒園式

ぴかぴかのお天気の今日。春のような陽気の下、チビちゃんの卒園式が行われた。わくわく張り切っているチビちゃんにスーツを着せて、上のムスコにもネクタイを締めて、一丁上がり。ワタシは、白のツイードのジャケットに黒のビロードのスカートにした。滅多に使用しないパーティ用のネックレスとイヤリング、そして、大昔、香港ランドマークで買ったパーティ用のハイヒールを履いてレッツ・ゴー。ちょっと派手かしら、と思ったが、今年は華やかなお召し物のお母さま方が多かったので、特に浮く事もなかった。

朝の教会で行われた卒園式。思えば、1年前、お兄ちゃんも同じ場所で卒園式を迎えたのだった。涙涙の卒園だった昨年に比べ、チビちゃんをはじめ、今年の卒園生は、「卒園式」の意味をあまりわかっていないようだった。運動会とか学芸会とかと同じ行事の一つだと思っていたように見えた。にこにこ嬉しそうに一張羅のスーツを着て、きょろきょろしているチビちゃんは可愛い。もうこれで保育園の送り迎えがなくなる。どんなに楽になるだろう、と考えると、寂しさよりほっとした感が強かった。それに卒園しても、同じ小学校に進学するので、さよならという訳でもないし。

さて、卒園式の後は謝恩会、二次会へとなだれ込む。ノリのいいママ達が多いこの年は、二次会へ突入すると、ほとんど居酒屋状態で飲んでクダを巻いていた。また、集まって飲もうね、ということで。

哀しいはずの卒業式は笑いながら終わったのだった。これでいいのだ。まだまだ先は長いんだから。

 

2005年3月21日

病原菌からの総攻撃

卒園式も無事終わり、楽しい謝恩会も終わり、翌朝、目が覚めたら、耳の下あたりが腫れている。ちょうど1年前、おたふく風邪になった1週間高熱と腫れに苦しんだ悪夢がよみがえる。鏡を見てみると、耳から首にかけての腺にしこりがあって、痛い。体もだるいが、熱はないようだ。ただ、すごく嫌な感じなので休日診療所へ駆け込んだ。

休日診療所は、悪夢のように混んでおり、幼子達の泣き声が響き渡る阿鼻叫喚であった。早めに出かけたものの、30分待った。診察室に入り、おたふくのこと、今朝で来た首のしこりのことを説明する。首の腺を念入りに触診し、喉を奥を視診した後、医者は言った。
「扁桃腺炎ですね。しこりは耳下腺ではなく、顎下腺です」
抗生物質を抗炎症剤などをもらって、とぼとぼ帰途に着く。家では、体力を持て余した二人のムスコ達が走り回っていた。薬を飲んで、お母さんはお熱だからと布団にもぐりこんだ。数時間眠っていたらしい。子供の
「お腹すいた」
という声で目が覚めた。体が熱っぽい。やっぱり熱も出てきたらしい。ご飯は炊いておいたので、卵ご飯を作って食べるように上のムスコに命じたら、ご飯をよそい、生卵を割り、お醤油をたらし、まぜまぜした卵ご飯を下のチビにも作って食べさせていた。
「マミィちゃんにも作ってあげるね!」
私の分も作ってくれたので、ムスコが作ってくれた卵ご飯を食べたあと、また、薬を飲んで布団に入った。

夕ご飯はどうしよう?出前を頼もうか、と思案していると、次々に不安事項が頭をよぎる。明日の朝ごはんは?洗濯は?火曜日からお弁当だから買い物にも行かないといけない。結局、実家に子ども達を預けた。夕方から、いそいそとおじいちゃん、おばあちゃんの家へ出かけたムスコ達。ごめんよ、遊んであげられなくて。

ムスコ達が言ってしまった後、母が買って来てくれたお弁当を食べ、薬を飲み、また、布団に入る。翌朝、9時まで昏々と眠り続けた。お陰で、翌朝、すっきり快調☆でも、念の為にこの連休は寝て過ごす事にする。毎週、新しいウイルスやら菌からの総攻撃をくらい、この冬が終わって行く。

 

2005年3月26日

お弁当週間

今週は給食が終わり。でも、学校の後、学童に行くので上のムスコにお弁当を持たせなければならない。自分のもついでに作るからいいんだけど、毎朝6時前に起きて、弁当をこしらえ、洗い物をとか家事をして出かけるともうふらふら。出勤中、熟睡しそうになった。目の下には深いクマができているし。私と同じ年の独身OLさんはお肌の手入れやネイルに余念がない。結婚したり、子どもができたりすると結局、自分のことに手をかける時間がなくなって、結果的に老けて行くのだなあと実感した。

そんなこといっても、毎日10時半には寝てたんだけどね。あはは。それでも眠いのよ!花粉症なので目はかゆいし、鼻水くしゃみのオンパレードだし、もうボロボロ。

金曜の夜はもう耐えられず、10時半就寝。翌朝、8時半まで10時間寝た。すっきり☆午前は掃除、洗濯、家事にいそしみ、午後からはムスコの歯医者。おっとその前に、上のムスコがよりによって通知表を学童に置いてきてしまい、歯医者の前に取りに行くのだ。ばかたれがっ。歯医者の後は、学童の父母会と送別会。なんでこんなに予定が入るのかしら。

卒園式の写真ができてうきうき☆しかし、自分の顔の大きさが香港時代の1.5倍に膨れ上がっている事がわかり、激ショック。太ったんです、ハイ。。髪を切ってパーマをかけてふわっとさせたのはいいが、顔がでかく見えるのだ。・・髪、少し伸ばそうかな(顔隠すため)。

 

2005年3月27日

復活節

土曜の夜も死ぬほど寝た。翌朝すっきり☆久しぶりに喉が痛くないし、熱もないし、関節痛も筋肉痛もない!おまけに外はぽかぽかの春の陽気だ。冬の間中ずっと体の不調が続いていたので、本当に春が待ち遠しかった(去年も同じ事言ってたような・・)。

洗濯物を外に干すのも久しぶり。お布団も洗濯物も外に干すと太陽の匂いがするから好き。日本に帰ってきてから、好きなことの一つ。香港の太陽は強烈すぎて、この「匂い」がしなかった。

今日はイースターなので、教会でイースターエッグをもらった。イースターのゆで卵。子ども達はイースターの意味は「ゆで卵をもらう日」くらいにしか思っていないだろうけど、近所の子供たちと元気いっぱい春の日差しの下で遊び回っている。
「イースターが来ると春が来るんだ」
と近所のおじさんが言っていた。たしかにそうかも。
Spring has come!

帰りがけに自転車屋さんに立ち寄る。ムスコ達の自転車がすっかり小さくなってしまい、大きい自転車を買いたいの。自転車のサイズを自転車やさんのおじさんに聞いてみた。上のムスコは24インチ、下のムスコは18インチがベストなんだそうだ。下のムスコはまだ補助輪が取れていないので、まずはお兄ちゃん用。これはお誕生日プレゼント。しかし、思ったより大きい自転車でびっくりした。私は20インチを買おうと思っていたのだ。後は、下のチビと補助輪なし自転車の練習をするのみ・・・。負けん気が強い割には気が小さいので、その気にさせるのは大変かもなあ。

帰宅した後は、家でごろごろ。静かな住宅地なので、お休みの日は本当に気持ちがいい。暖かくて明るい光が家の中に差し込んできて、だんだん眠くなる。ぐー。ああ、これでもう少し駅から近ければ。いえ、せめて小学校にもう少し近ければ。来年引っ越そうか検討中。

夜は通信教育のお勉強をさせる。上のお兄ちゃんは1年前、読み書きがほとんどできなかった。自分の名前を書くのがやっとだったのに、すこーしずつ読めるようになり、すこーしずつ書けるようになってきた。通信教育の最初の4月号はほとんどできなかったのだ。それでも1年間よく頑張った。テストも毎月頑張って提出した。今じゃ、漢字も書ける。まだこれからも頑張らないといけないけど、この調子なら大丈夫さ。

下のムスコも小学校入学に備えて通信教育を始めたが、こちらは読み書きが好きなだけあってスイスイといていく。お兄ちゃんとつきっきりで勉強している間に、一人でちょこちょこ進んでしまい、4月号がすでに終わってしまいそう。応用ドリルもできそうだ。

こうして穏やかな日曜日が終わって行く。保育園はあと3日残っている。

 

2005年3月29日

果報は寝て待て

春は忙しい季節らしい。去年もそうだった。ニッポンの会社はなぜか春先は忙しいらしい。週末に子供を母に預ける予定だったのが、ダメになってしまい、デスクのの書類の山はさらに高くなっていく。残業もできないのに、子供が春休みに入ってしまった。学童保育は8時45分からしか預かってくれない。普通、会社って9時から始まるよね?よその家はどうしてるわけ?学童は人出が足りないので仕方ないと思いつつ、なんとなく納得できないものがある。しかし、学童に頼らないと子供を持つ母親は働く事ができないのだ、ここでは。

結局、子供が休み中は毎日遅刻をすることにした。遅れた分、昼休みに働く。っていうか、昼休みくらい返上しても終わらないんだけどね。あはは。一応、上司に「子供が休み中は出社時間が不規則になる」旨をメールで連絡したが、忙しいボス達から返事はなし。隣の部の本部長から了解との連絡が来たからよしとしよう。

忙しい一日が終わり、コーヒーを飲みながら新聞に目を通す至福の時。国連難民高等事務次官を勤めた緒方貞子氏の記事が出ていた。彼女は今、80歳くらいかしら?お子さんを二人育て上げ、博士号を取得し、親御さんの介護もし、そして華々しいキャリアもある。さぞ順風満帆な人生だろうと思うが、彼女が歩いてきた道のりはゆっくりで長い。でも、着実に前に進んできた方だった。子供を産んで、育てながら、学問をし、仕事を探した。今と違い、働きながら子供を育てるのは並大抵の苦労じゃなかったはずだ。学位をとったのが36歳、フルタイムで国連で常勤の仕事に就いたのは48歳だそうだ。
「女性には男性と違うサイクルがある。焦って目標を決めないで、人生をゆっくり生きて長期戦で構えた方がいい」

ほほー。目からウロコ。女の人は、男の人とサイクルが違う。今の状況がずっと続く事はないだろうから、今、できることをやっておけば、必ず次につながっていくはず。

明日は、保育園とお別れの日。4月からは下のムスコは学童保育に通うことになる。今年の桜はまだ咲いていない。入学式の日にきっと咲いているはず。