2007年11月の日記

2007年11月2日

あっちゅう間に10月が終わり、11月に突入。11月は私の誕生月でもあり、今年もあと2ヶ月で終わっちゃうのか、と思ったり。

バタバタしていたこともあり、ストレスがたまらないように平日の夜、一人でプールに行ったり、早めに寝たりしたけど、なかなか疲れが抜けない。こんな時は爆睡するに限るのだ。今日の午後は昼ね三昧。

大きなストレスはないものの、細々気になることはあり。上のムスコは最近、塾通いを始めたので、自宅勉強も付随して始めたけど、あまり勉強が好きじゃない彼にとってはあまり楽しい状況ではないみたい。塾がない日は、学校の放課後遊んで帰ることが多いけど、必ず親の承認がいるのに私に連絡もせず、承認印もなく、参加カードも持たずに行ってしまうらしく、放課後のクラブの責任者の方からお叱りのお手紙をいただいたり。塾での成績も芳しくなく(やる気もあまりなし)、成績が悪いなら頑張ればいいんだけど、成績が悪い言い訳をグタグタ並べられると、イライラしてしまい、きつい一言をムスコに言ってしまったり。言い訳を言いだすとキリがない。うまくいかないことはあるし、そんな時は次につながる努力をすればいい。

ムスコの勉強に関しては、一休止。これ以上私が関わると、あまりいい結果にならない気がする。勉強は親から言われてイヤイヤやるものじゃないし、小学生の間は基礎学力がつけばいいや、くらいな気持ちでやるのがいいのかな。

そんなことがあったせいか、久しぶりに恐い夢を見て夜中に目が覚めた。夜中に夢を見て目が覚めるのは、離婚する前はよくあった。あの頃は、本当に夜が長かった。

あまり良く眠れなくても、朝、目が覚めればやることがいっぱい。子どもの世話や家の中のことや会社にも行かなきゃいけないし。でも、何かやることがあった方がいいのかもしれない。何もしないで家でぼんやりしているよりは。

 

 

2007年11月3日

今の会社に勤め始めて4年3ヶ月。正社員ではなく派遣社員。帰国して初めて派遣社員の存在を知った。できれば派遣で働きたくなかったけど、日本での勤務経験がほとんどなく、小さい子ども二人連れたバツ一の私に正社員の仕事はなかった。何枚も履歴書を書き、書類でボツ。不採用の通知をもらうたびに落ち込み、自分のダメさ加減に落ち込み。

小さい息子二人抱えていたので、とにかく何か仕事を始めてそこからつなげていく作戦に切り替え、派遣社員も視野に入れていくつか派遣会社に登録した。しかし、海外帰り・日本での勤務経験ほとんどなし・30過ぎてる・未就学児二人ありの私に、大手派遣会社のスタッフは眉をひそめた。
「ご紹介できるかはわかりません」
常識もないし、世間知らずだし、仕事もできないだろうと思われたようだ(そりゃそうだ)。

こんな私を雇ってくれたのは、今、勤めている会社であり、採用したのはリチャード・ギア(似)当時営業部長である。子ども二人抱えてずっと働いていかないといけないから、ここを踏み台にして、大手企業の正社員に!と意気込んでいたのは当初1−2年のみ。色々な出来事が勃発し、転職もできず、アシスタントのまま現在に至る。毎日朝から夕方まで、私の名前を連呼される。
「ぱんださん!」
はーい。

日々の連呼のおかげで、ありがたいことに同じフロアの知らない人にまで名前を覚えられる始末。「あのファイルどこ?」「コピー取って」「ペンなくなっちゃった」「プリンターの紙詰まっちゃった」「パソコン動かないよー」と、要求される内容は限りなく低い。お客さんがいる時は、携帯の着信、メールは全て会社のおじさんたちで埋め尽くされる。デスクの上の電話の不在着信数十件。

この会社に来てから、何十人ものハケンの子が辞めていった。今月末でもまた一人辞める。彼女たちは自分達の希望があったり、他に優先したいことがあったり、色々な理由で別の道を選択し、身軽に旅立っていく。うらやましいくらいに。

来週から新しく入るハケンの子も多分、数ヵ月後には辞めてしまうかもしれない。何度も人が出入りするたびに、なんだか疲れてしまう。年をとったせいなのかな。
 

 

2007年11月16日


元大ボスであるシラサキ顧問からまたデートのお誘いがあった。お客さんからクラシック・コンサートの招待券を頂いたらしく、その同伴ということで。もちろん、お食事付。今回はサントリー・ホール。招待券だけあって、かなり良いお席らしい。クラシック・コンサートに(まったく)詳しくないワタシを気遣ってか、
「心地よい音楽を聴きながら、寝るのも気持ちがいいものですから」
とお誘いメールに書いてあった。・・寝ないように気をつけます。。

今日、また別件でお誘いがあった。弊社審議役のキシモトさん。お洒落でステキなおじさまで、会うたびに口説いてくれ、デートに誘ってくれていた。社交辞令とはいえ、もうちょっと若いのを誘えばいいのになあと思っていたら、誘っておきながら連れて行かないことを気に病んでいたらしく、会社の内線電話でデートのお誘い(笑)。六本木のお寿司屋さんに連れて行っていただけることになった。わーい。

キシモトさんは礼儀正しいので、リチャード(似)室長にちゃんとお断りをして誘う。マジメな顔して、「ぱんださんとデートしていいか?」とか聞くもんだから、純情なリチャードさまは真っ赤になっていた(なんでアナタが赤くなる?)。
 

 

2007年11月22日

今日は誕生日。誕生日前後は運気が落ちるのか、大概はろくなことがないので、大人しくしていることが多い。会社で入って2日目の派遣社員が突然、風邪で休み。連休前で若い女の子もお休み。しかも、そんなときにかぎって重要顧客が来日。終日ミーティング。そして、ワタシは繁忙期の農家の主婦状態。おまけに風邪を引いてしまい、会社の医務室で薬をもらって働く日々。しくしく。。

5年前のこの日、8年半続いた結婚生活を捨てて、帰国したのだった。ちいさな息子二人連れて、飛行機に乗ってから泣いた。これが正しい選択だったのかわからなかった。わからないけど、これ以上、結婚生活を続ければ心身共にダメになることは目に見えていた。それでも慣れた生活を捨てて、新しい環境で一からやり直すのはとても勇気がいることだったのだ、あの時は。

新しい生活を始めてすぐに楽になったわけではなく、むしろその逆で、頑張らないといけないのはわかっているのに、疲れて体が動かない。鏡を見ると、信じられないくらい老けている自分。病気にもなった。父が亡くなり、ますます責任がのしかかる。鏡を見たら、髪が白くなっていた。そういう5年間だった。

もしも5年前のあの時に戻ったら、どうしていたかな?やっぱり今と同じ道を選ぶかな。だって、あの時日本に帰らなかったら、今、私の周りにいる人達と出会えなかったから。だから、きっとこれで良かったんだと思う。

 

 

2007年11月24日

幸せな結婚生活を送るはずが、どういうわけか離婚してしまった。それでも、可愛い子ども二人に恵まれて、とても感謝している。この子達を一人前の大人に育てて、いっちょまえの社会人に育て上げるのが自分の使命だと思い、日々頑張っているのだ。命がけで育ててるんだす。自分がどうなって、こいつらだけはまともな大人に育ってほしいと身を削って子ども育ててるんです。

元オットからココ最近、言われた(と言うかメールに書かれた)コトバの数々。
「中学受験といって、どうせあなたはお祭り騒ぎくらいにしか思ってないんだろう。何も考えないで勝手に決めないでくれ」
「塾の講習より、父親と過ごす時間の方がよっぽど大切だろうが。それくらいあんたにはわからないのか?!」
「こっちだって養育費払っているんだから、相談くらいしろ」

今までほったらかしだったくせに、今更父親づらするな、コラっ!養育費が高すぎるって値切ったのはお前だろうが、コラっ!!面会って、お前のじいさん・ばあさんに面倒みてもらってるんだろうが、コラっ!!!塾の講習期間はじいさん・ばあさんが面倒みてるだけだろうが!お前みたいな大人にしたくないから、頑張ってるんだろうが!このボケっ!!!

ぱんだ。ママはこれを聞いて激怒。それが移ったのか、ヨウヘイちゃんがこんなことを言い出した。
「いままでボク達ほったらかしにしたくせに!お兄ちゃんが塾行きたいって言ってるのに!もうお父さんのところ行かない!」

マサヒロもヨウヘイも口では色々言いながら、父親を目の前にすると恐くて何も言えないのだ。塾の講習行きたいなら、自分でちゃんとお父さんに説明しなさい、とマサヒロに言うと、
「・・ちょっと言えない・・」
ヨウヘイには、お父さんの田舎に行きたくないならちゃんと自分で説明しなさい、と言うと、
「・・コワイからやだ・・」

ワタシが代わりに言うと、「母親に勝手に決められて、マサヒロもヨウヘイもかわいそう」とか思われるので、自分がそうしたいなら自分で言え、と伝えた。もうすぐ中学生になるんだから、自分がどうしたいかよく考えて決めなさい、と伝えた。お父さんと一緒に暮らしたいなら、それでも構わないから。まだ子どもなのに酷かな、と思ったけど、自分で考えて決める良いチャンスかもしれないし。

最後に一言言わせて下さい。
このボケっ!!

 

 

2007年11月24日

幸せな結婚生活を送るはずが、離婚してしまった。元オットは仕事はできるが、人間としての大切な何か欠けている。可愛い子どももいて、人から見れば恵まれた生活を送っているように見えただろうから、子どものために我慢する選択はあった。でも、あのまま香港で生活していたら、お金よりももっと大切なものを失くしてしまう気がした。子どものために・・と言いながら、結局は自分が面倒な目に会いたくないとか、苦労したくないだけのような気もした。

夫の顔色を見ながら、びくびく暮らしたり、夫が怖いから言いたいことも言えない生活の中で暮らして本当に幸せなんだろうか?「家庭」という器だけあっても、子ども達はまっとうに育つことができるんだろうか?きっと、この子達も大きくなったら、私みたいに父親に言いたいことも言えない大人になるんだろう、と思った。

この子達を一人前 に育てて、まっとうな大人にしなければと思い、身を削って子育てしているんです。自分がどうなっても、こいつらだけはまともに育って欲しいと思い、毎日頑張ってるんです。

今更、父親づらするな!勝手なこというなっ!このボケっ!

と、思う出来事が最近、多々あり。友人に言わせれば、今まで黙ってたのが不思議だと言う。私が再婚なんてしたら、確実に子どもは取られてしまうだろうな。ちゃんと育ててくれるならいいけど、そうじゃないから自分が頑張るしかないのだ。

最近気になるのが、息子達が父親が怖いから言いたいことが言えないということ。過去の私みたいに、父親の顔色を見ながら接するのはひじょーに良くない傾向。まともに向き合って言うのは怖いだろうけど・・(逆ギレすると、モノを投げたり壊したりするので)。これから自分の意思ができくる年齢になるので、うまく相手に自分の気持ちを伝えられるようにできたらいいんだけど。そして、それを私が教えてあげられたらいいんだけど・・・・。


 

 

2007年11月29日

月曜日。弊社某役員ドノからクラシック・コンサートにご招待され、お誕生日のお祝いも兼ねて、サントリー・ホールに行ってきました。チェコ交響楽団によるマーラー交響曲第三。クラシック素人の私にはちょっとキツイお題だけど、たまにはこんなお誕生祝いもいいかな。

地元横浜にいりびたっているので、上京するのは久々だべ。やっぱす六本木は綺麗ずら。ほとんどおのぼりさん状態で、役員ドノの後をついてお出かけ。サントリー・ホールは今年の夏に改装を済ませたばかりで綺麗になっていた。この日は、お客さんから頂いた招待券ということもあり、客層はクラシック通というよりか企業からの招待客が多かった。案の定、お知り合いにホールで遭遇。バッタリ会った元商社のおじさまは、顧問の横に立っていた私の姿を見つけて、なんだかすこーし誤解されていたようだった。

コンサートは素晴らしかった。その後のお食事も素晴らしかった。お食事は帝国ホテル前の「あら田」。ここはワインがとても美味しいらしく、シラサキ顧問のお気に入りのお店。お誕生日ということでまずはシャンパンで乾杯。オードブルに生牡蠣、牡蠣によくあう白ワインをいただく。その後、オニオングラタンスープ。北海道の野菜を使っているそうで、野菜が甘くて美味しい!メインは十勝牛のローストビーフと赤ワイン。最後に、デザートと一緒に甘いロゼをいただいた。

上記のワインを飲みすぎ、私はかなり酔っ払い。すきっ腹に飲んだのがいけなかったのか、疲れていたのか、電車に乗ったら急に気持ち悪くなってしまい、困ってしまった。翌日もひどい二日酔いで人間らしい気持ちになったのは、夕方過ぎのことだった。高いワインは飲みなれないのね。。とってもステキなお誕生日祝いでした。ありがとうございます!

水曜日。弊社別のエライおじさまからお食事にご招待された。待ち合わせ場所は、またもや六本木「ANA インターコンチネンタルホテル」。ロビー階の上のバーで待ち合わせなんて粋だなあ。ご指定のバーに行くと、カウンターでおじさまがバラの花を持って待っていらっしゃった。
「18回目のお誕生日おめでとう」

こんな気障なセリフをさらっと言えるのは人格。ありがとうございます!お誕生日にお花もらうなんてうれしい!お誕生日祝いということでシャンパンをご馳走になる。その後は、六本木交差点近くのお肴の美味しいカウンターだけのお店へ移動。店選びと言い、エスコートと言い、金払いといい、Perfect。お花をいただいて、お荷物持ってもらって、コートの脱ぎ着までやっていただき、ほとんどお姫様状態。

このお店(名前忘れた)はお肴料理が本当に美味しくて、冷酒によくあうのだ。旬のお刺身も美味しかったけど、焼いた魚料理も美味しかった。ぶりをあっさり焼いたものとか、鯛の酒蒸し最高。河豚のから揚げもおいしゅうございました。最後は、蟹雑炊にポン酢を少し。ご馳走様でした。

おじさまは紳士なので、いつも身なりに気を使い、ポケットにはシルクのポケットチーフを入れている。女性にはたいそう優しく、親切で、たまに職業を間違えたのでは?!と思う。もちろん、社交辞令で口説いてくれる。
「今日は人生最良の日です」
とか言ってくれちゃって。

いや、飲みすぎた。食べ過ぎた。月曜日のおじさまは御年64歳。水曜日のおじさまは御年65歳。私の見事な食べっぷりと飲みっぷりに多少、引いていた気はするけど、また、お誘い下さいね。ステキなお誕生日祝いになりました。ありがとうございます。
 

 

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