2005年10月の日記

2005年10月1日

自己免疫力

この1年以上ずっと体調が悪かった。痛い時はすぐ薬、薬で、薬を飲まない日はめずらしいくらい。特に冬場は毎日のように微熱が出て、会社の医務室で解熱剤をもらってそのまま働くと言う目茶苦茶なことをしていた。で、その結果、ますます体は弱くなり、虚弱体質になってしまった。

学習そのイチ。根本的な問題を解決しなければ、問題は永遠に解決しない。枝葉末節である症状だけに対処していたのではモグラ叩きと同じ。永久にモグラを叩き続けるのはアホらしい。

そんなわけで体質改善、生活習慣改善計画を実施中。そんな折に、早速風邪を引いた。喉が痛く、寝る前に熱を測ったら37度4分あった。塩水でうがいをして、暖かくして早めに寝た。翌朝、熱は下がったが、喉はまだ痛い。いつもならさっさと風邪薬を飲むところだが、ぐっとこらえて、風邪の予防策を寝る。2時間おきにうがいと手洗い。紅茶に含まれるカテキンは喉の殺菌になるそうなので、温かい紅茶を飲みながらのど飴をなめる。ウイルスや細菌は喉が乾燥すると体内に侵入しやすいそうなので、常に水分を取る。そして、極めつけのビタミン剤。ビタミンCで免疫力アップ。そして、いつもより大目に睡眠をとる。

微熱や関節痛は体内で細菌&ウイルスが侵入するのを防ぐ為の攻防戦が繰り広げられている為に起こっているので、風邪の引き始めはできれば鎮痛剤や解熱剤で熱を下げるのは止めた方がいいらしい。下手に使うと体が異物に対抗する免疫力が低下してしまう。

原始的な風邪防御策を取ると治るのは時間がかかる。でも、3日目には喉の痛みはほぼなくなった。体調が悪い時はいつもより多めにビタミン剤を服用するとより効果的だということに気がついた。風邪には特効薬はないというけど、休息と水分補給と栄養でかなり対処できるのね。もちろん、これは風邪の引きはじめだから効果的だったのであって、悪化するならさっさと病院に行くのが一番。

これから苦手な寒い季節がやってくるから、去年の二の舞にならないように気をつけなきゃ。

 

2005年10月3日

嬉しい事

明日、弟の5回目の命日を迎える。今日はいくつか良い事があった。ワタシのこれからにつながる事ばかり。遠い海の向こうから励ましのカードも戴いた。

流れが自分に向いてきている気がする。良い方向に向かって。きっと、ワタシは今の場所でやるべきことをやりつくしたんだと思う。だから、前に向かって新しい場所に行けばいいんだ。無理に進んで行くのではなくて、自然に後ろから後押しされて進んでいる。この流れに任せて進んでいけばいいのだ。きっとうまく行くはず。

終わった事は終わった事として感謝しましょう。きっと自分にとっては必要なことだったのだろうから。

 

2005年10月5日

年なのかしら?

年なのかしら?すぐに風邪をひくし、一度風邪をひいたら完全復活するまで時間がかかること。去年の冬は、ずっと風邪をひきっぱなしだった教訓があって、今年は事故免疫力をアップして、風邪予防に励む事にした。普段からプールに行ったり、ウォーキングしたり、疲れたらすぐに休むようにしたり、サプリメントをまめに摂るようにしたり。にもかかわらず、やっぱり風邪をひいた。

寝込むほどではないけれど、喉が痛かったり、体がだるかったり、肩凝りがひどくなったり。薬を飲む代わりにビタミン剤を飲んで早めに寝る生活をしている。それでも昨日は仕事中だるくて仕方がなくて早退して、マッサージに行ってきた。ガチガチに凝っている肩に指で押されると、押されている部分だけが熱く感じる。その時は気持ちよかったけど、翌日もみかえしが痛かった。。

それでも喉の痛みは随分治まり、今日は昨日に比べるとかなりよくなった。食欲も出てきたしね。温かい紅茶は風邪によく効くみたい。週末は旅行に行くからひどくならないように気をつけなきゃ。

昨日の夜は、夕ご飯を作る気力がなくてずっと横になっていた。上のムスコが
「お母さん、寝てていいよ。僕たち自分でご飯を食べるから」
と言って、子どもたちが卵ご飯を作って食べていた。ごめんよー。

ワタシの後任はまだ見つからず。周りの人達に迷惑をかけたくないので、ちゃんと引継ぎをしてから異動したいんだけど。。

 

2005年10月7日

ご褒美

ひー、今週1週間長かったー。最近、風邪を引くと本当にしつこく長引く。サプリメントを飲んだり、睡眠をよくとったりしているからか悪化はしないものの、毎日だるかったり、喉がすっきりしなかったり、胃がもたれたり。今日は午後から頭痛までしてきた。

今日は同僚のYちゃんのお誕生日だったのでバースデーメールを送った。彼女は来年の春に結婚して遠くに行ってしまう。独身最後のお誕生日だね。Yちゃんのママもシングルマザー。Yちゃんは私を見るとお母さんを思い出すと言っていた。Yちゃんママはムスメちゃん二人を立派に育て上げ、二人ともお嫁に出すことになる。寂しいでしょうと人に聞かれた時、「ホッとしました」と答えたそうだ。私も同じ立場ならそう答えるだろうなあ。

写真を拝見すると、素敵なお母さまだった。年齢はその人の生き方を現すと思う。大変な事もたくさんあっただろうし、苦労も多かっただろうけど、その分、今が一番幸せそうに見える。
「大変な事もあったけど、今はみーんな幸せ」
というYちゃんの言葉は本当なんだろう。ママにとても感謝しているというYちゃんはきっと幸せな花嫁さんになるよ。もっともっと幸せになってね。

泣きたい事があっても辛い事があっても、子供の成長というご褒美があるなら、なんてことはない。幸せそうなYちゃん母子の写真を見て思った。

明日から連休。小学校は秋休み。明日からプチ旅行。嬉しい!これだけを楽しみにこの1ヶ月間を過ごしてきたの。明日の朝は、ちゃちゃっと家事を済ませてレッツ・ゴーだ。お支度はもうしちゃったしね。今日は早めにおやすみなさい。

 

2005年10月10日

秋の軽井沢

子供たちが秋休みに入ったので、会社で契約しているリゾートホテルを予約して、友人家族とプチ旅行。ポピュラーな避暑地にもかかわらず、行った事がなかったのは、あまりにポピュラーすぎたから。

軽井沢って意外に近いのね。東京から新幹線で1時間ちょっと。短い車中なので、駅弁を食べようとそそくさと取り出すと、息子にほとんど食べられてしまった。ぐずん。。

さて、目的地に到着。あいにく天気が悪く小雨が降っている。駅から近いホテルだったのでタクシーで直行。このリゾートホテル系列は何度か泊まったけど、今回が最高だった。アクセスも良く、軽井沢という土地にしっくり馴染んだ外観が素敵。ロビーは吹き抜けになっていて、ガラス張りの窓から外の柔らかい光が注ぎ込んでいる。庭も広く、白樺の散歩道や結婚式ができる教会(風)まであった。早く着いたので、ロビーのソファーでくつろいでいたら、体中の力が抜けてしまった。俗世間での疲労や摩擦が全て嘘のよう。来てよかった。

部屋も広く、ソファーセットとベッドルーム、ロフトに和室が作られていた。ムスコ達は大喜び。外を見ると、雨脚はさらに激しくなっている。いつもなら残念だと思うけど、ホテルが素敵だったので良かった。雨の軽井沢も素敵なの。疲れているのか、外の緑や紅葉が始まった木々を見ていると本当に癒される。何もしないでぼんやりここで過ごしたい。。

子供がプールプールとうるさいので、夕食前にプールに入った。プールは庭に面していて、ガラス張りの窓から紅葉が始まったばかりの木々が見える。最近、我が家はスイマーなので、どこへでも水着を持っていき、ひたすら泳ぐ。しかし、お腹すいたな。朝は慌しくてちゃんと食べてないし、昼の駅弁も息子に食べられたし。私の弁当を食ってしまった息子までが、「お腹すいて死にそう」だって。私も飢え死にしそう。

夕方、早めの夕食をいただくことにする。プールの後なので、馬のようにお腹がすいている。レストランは庭に面したガラス張り(ガラス張りが好きなホテル)。庭はライトアップされていてとても綺麗。クリスマスはさぞ綺麗だろうな。ブッフェスタイルなので、好きなように食べさせた。子供が小さい頃は、子供に食事を取ってきて、食べさせながら自分も合間に食べて・・・という感じだったけど、小学生になると楽。長男は全て自分でできるし、一年生の次男はちょっとした手助けがあれば大丈夫(だいたいは)。

母は生ビールを飲みながら、美食を食べ続ける。デザートのケーキを3種類食べたし。お腹いっぱい。最後はお風呂ね。お風呂大好き☆お風呂は最上階にあり、大浴場までの廊下の脇には癒し系のランプが並べられている。隣からアロマテラピーのいい香りが漂ってきて、相当疲れているらしい私はふらふらしてしまった。

軽井沢は朝晩かなり冷える。都内よりも何度か低いと聞いた。露天風呂に行くと、吐く息が白くなっている。気持ちいいな。ずっとこのままここにいたい。。サウナに入ったり、長湯したりのんびりお風呂タイムを楽しむ事ができたのは、ムスコ達が男湯にいたから。・・すっかり忘れてた!。慌てて着替えて、待ち合わせ場所のロビーに行くと、
「僕たち今来たの。長湯しちゃったから」
あら、めずらしい。いつもからすの行水なのに。マッサージ器でマッサージをすると気持ちが良くてうとうとしそうだったが、その後、もみ返しという仕返しが待っていた。凝っている時はマッサージはよくないのかしら。

お部屋に戻り、まったりする。興奮気味のムスコ達はなかなか寝る気配がない。夜、もう一度お風呂に入って、真夜中過ぎに布団に入る。疲れすぎたのかなかなか寝付けない。やっと寝付いたと思ったら、明け方に目が覚めた。突然、知らない誰かから話しかけられたから。
「新しい仕事を始めると疲れるから」
とか何とか言われた気がする。言われたというか頭の中に突然声が聞こえた。あ、そうか。実は、連休明けから新しい部署に異動する予定だったのに、予定外のことがあって異動できなくなった。結局、今の部署にいながら、異動先の部に半日だけ引継ぎに出かけることになった。考えてみたら、新しい環境に慣れるのに時間がかかる私が急に異動したらすごく疲れると思う。落ち着かないけど、半々でしばらく過ごすのもいいかもしれないな。頭の中に聞こえた声に言われて妙に納得した。

その後うとうとしているうちに本当に朝が来た。この日は昨日よりもずっと冷え込みが厳しい。朝から雨も降り続いている。朝食を食べた後、庭の散歩道をぶらぶらすると、軽井沢の厳しい冬が容易に想像できた。寒がりで毎年冬は風邪をひきっぱなしの私にはとても住めない。あまりに綺麗な所なので、将来、ここに隠居しようと思ったんだけど。

チェックアウトぎりぎりまで部屋でのんびり。もっと泊まりたいよ、という子供たち。私もずっといたいわ。1泊だけだったけど、本当にのんびりできた。たまには癒しの旅を計画しなければ。老後は、こんな綺麗な所に住むのも悪くないな。でも、冬の寒さに耐えられるかな。。
 

 

2005年10月11日

連休明けには

連休明けはかったる〜い。しかも子ども達はまだ秋休み。さらに、子供の預け先がなくなってしまい、急遽、二人でお留守番させることになった。

朝、おにぎりとか玉子焼きとか食料をせっせとこしらえ、起きたら顔を洗うんだよ、といい残し、出勤。連休明けは慌しく、子供に電話を掛ける間もなくお昼になった。午後は、異動先で引継ぎを受けるのだった。あわあわと異動先の部署に向かい、引継ぎを受けていたら私宛に電話が入った。
「ぱんださんの携帯がずっと鳴っているんだけど・・」
ムスコだ。。お留守番に飽きたに違いない。。申し訳ないけど、電話に出てもらえる?夕方になったら電話するから。と同僚に無理なお願いをする。その会話を聞いていた方から
「・・ぱんださんってお子さんがいたんですか。。?」
と言われた。いえね、若く見られるんですよ、おほほ。

異動先の部署は和気藹々とした感じで、お菓子までいただいた。本当は今日から異動だったのだけど、結局、異動はできず。でも、挨拶もさせていただき、異動先の部長から「行ったり来たりで仕事するのは大変だから、早く異動させてもらうように言ってあげよう」とまでおっしゃっていただいた。とはいっても、向こうにも事情があるのでやることはやってから異動します。。

夕方、現部署に戻ると夕方の慌しい空気。ムスコの電話に出てくれた方から、
「おかあさんじゃないの?!だあれ?もおっって電話切られちゃった」
すみません。。ムスコに電話をしてみると、意外に元気だった。もうちょっとお仕事かかるからね、と言い聞かせ、業務に戻る。バタバタしていたら定時を過ぎてしまった。慌てて帰宅すると、ムスコ達はパジャマのままだった。
「歯は磨いたよ。でも、着替えなかった」
家中おもちゃでいっぱい。台所のテーブルの上は食べ物のかすだらけ。楽しそうだね。。
「ずっとパジャマだったのはじめて」
とニコニコ顔のムスコ。ゴミを片付け、洗濯物を取り入れ、埃だらけの家に目いっぱい掃除機をかけたらすっきりした(綺麗好き)。

一日お留守番の任務を終えたムスコ達は大きくなったなあ。1年前は死にそうに大変だったもの。

 

2005年10月13日

穏やかな日々

現部署と異動先部署を行ったり来たり。慌しいけど、久しぶりに新しい仕事を覚えると身が引き締まる思い。体も引き締まってくれたらいいんだけど。新しい仕事は慣れるまで大変だろうけど、慣れてしまえばルーティン・ワークだからどうにかなるさ。私の後任はいつまでたっても来ないから、正式な異動はまだ先かもしれない。でも、こんな掛け持ち二重生活でも面白いかな。

なんでもそうだけど、距離をある程度保っていかないと、過剰に期待したり、過剰な期待が裏切られた気持ちになったりしてしまう。子供にも仕事にも全てにも、少し距離を置いて眺めると、たいした問題じゃなかったり、冷静に物事が判断できるかもなのだ。第3者的な目はいつも持っていないとね。

もうすぐ秋の健康診断。去年の身長体重が書かれた用紙が職場に送られてきた。夏から3キロ痩せたと大喜びしてたけど、自分が去年の夏から3キロ太っていた事に気がつきガクゼン。。1年で3キロ太ったのが元に戻っただけなのね。。

 

2005年10月15日

リラクゼーション

休日はムスコ達がいないので、リラクゼーション・デー☆

朝起きて洗濯機だけ回して、町内子供会の草刈へと出かけた。子供たちの通学路の草刈。草刈は意外に好きなので、せっせと朝からお母さんは草刈。草刈の後は家に戻り、掃除と洗濯。シーツも洗ってすっきり☆

さて、美容院に行かなくちゃ。ずっと行きたかったのね。香港時代は、友人が髪を切ってくれていたので、何も説明しなくてもちゃんと素敵なヘアースタイルになっていた。でも、帰国してからというものひどい髪にされていた。パンクしちゃったり、いきなり冬ソナ風レトロな髪型とか。ちゃんと言葉で説明しなくてはいけないのだと痛感した。で、今回はちゃんと説明しましたよ。
「はせきょー(モデルの長谷川京子)みたいな髪型にして下さい」
図々しいっつうの。案の定、美容師さんはイメージがつかめないようなので、ヘアーカタログを取り出し、ウエーブはこんな感じで、サイドはクセがあるからあまり切らないで、トップは重たいから軽くしてとか細かく指示を出す。そのお陰か、今回は素敵な髪型に仕上がった。美容院の後満足したのは3年ぶりくらいかしら。髪を伸ばすことにしたので、長さは変えずに全体的に軽くして、毛先にはウエーブをかけてもらった。はせきょーとまではいかないけど、まあ似たような感じね(だから図々しいって)。お友達の紹介券があったので値引きされました。ありがとね。

さてお次は、マッサージ。中国人経営の整体院が初回に限りマッサージ1時間3000円という新聞広告を見て早速出かけて言ったのだった。いや、気持ちよかった〜。会社の近くのオイルマッサージの店よりも安いし、上手だし。
「お客さん、腎臓が弱ってますね。肩も炎症を起こしてるし」
腎臓は病気じゃないけど、弱ってるだけだそうだ。だから、疲れやすかったりするらしい。肩凝りは治るとか言ってた。来週の予約もしてきちゃった。

マッサージを終えると外は雨。ありゃー。シーツ干したままだった!慌てて帰宅。余り物で食事を済ませて、お酒をちびちび飲む。明日は買い物に行こうかしら。たまに、ゆっくり休息も必要なのね。

 

2005年10月17日

感謝

色々なことが順調に流れて行くので感謝。

ムスコちゃん達がお父さんとの面会を終えた休日。上の息子がいつも泣くのでとても辛い。
「どうしてさよならしちゃったの」
「どうして家族4人で一緒に暮らせないの」
早く一緒に暮らすようにお母さんから言って、と泣く。この言葉は父親には言わずに、私にしか言わない。言えないのかも知れないけど。子どものためならなんでもしてあげたいけど、それができないので哀しくなる。

しばらく泣くと、いつものように元気な息子になる。人がこの世に生まれるには、何かしら使命があって生まれるのだと思う。この子達は私にたくさんのことを教えてくれた。私はこの子達に何をしてあげられるだろう?

雨の月曜日。いつものように、子ども達は学校へ、私は会社へ向かう。異動先での引き継ぎも順調に進む。私の後任者はいないけれど、秘書業務はそのまま続けることになった。通い妻じゃなくて、通い秘書(爆)。それ以外の仕事は他の人達に振り分ければなんとかなるだろう。

色々あったけど、あの時の苦しみは生みの苦しみだったのかな、と思う。転機の前は、波が起こるものだし、波が過ぎてしまえば、穏やかな海に戻るの。

過ぎてしまった事は変えることはできないので、そのことで思い煩うのは止める事にした。今を大事に、今しか出来ない事をしていけば、きっと未来に繋がるはず。

今日も一日無事に過ごせました。感謝!

 

2005年10月19日

タイミング

何か一ついいことがあると、連鎖反応を起こしていいこと続きになったり、逆に悪い事ばかり続いたりすることがある。今回はいいこと続き。

異動先の引継ぎ業務も着々と進み、現部署での仕事の継続もうまく行きそうな感じ。兼任でも大丈夫そう。

おうちに帰ってバタバタしていると、一本の電話が入った。「明日の面接と採用試験に来てください」と言われた。すっかり忘れていたのだけど、前に、某新聞の求人欄を見てやりたい仕事があったので、運試しに履歴書を送ったんだった(送ったことすら忘れてた)。

新聞の求人欄を見て応募する人の数はすごいらしい。特に○日新聞とかすごいらしい。その○日新聞の大きい求人欄を見て応募した募集者は一体何百人いるのやら。はっきりいって、今まで新聞の求人欄で書類選考に通った事はなかった。これから筆記試験とか何度も面接して絞り込んで行くのだろうけど。

で、「行きます」と答えてしまった。某ミッション系大学の海外事業部。留学生の受け入れとか、学生の留学コーディネートとかそんな感じの仕事らしい。待遇も勤務内容もまるでわからず。落ちて当然なんだけど、モノの試しに受けてきます〜。

私もそうだけど、ない物ねだりをしてしまうことがある。もっとやりがいのある仕事だったらとか、子供がいなかったら好きな事ができるのにとか、独身だったらいいなとか、結婚してたらもっと幸せなのにとか。でも、仮にほしいものが手に入れば全て満足で幸せいっぱいなのかしら?多分、どんな生活でも何を選んでも不平不満は多少なりとも出てくると思う。それは今、手にしているものの価値がわからなくなっているのかも。たしかに子供がいると、やりたいことも規制されてしまうけど、子供がいるからこそ得られたものはそれ以上にあるはず。

与えられないものを羨むより、与えられたことに感謝すれば、自分がいかに恵まれているかがよくわかる。幸せ続きもないけど、不幸続きだってない。今できることを続けて入れば、必ず、次に繋がっていく。

雨ばかりの鬱陶しいお天気。買ったばかりのピンクのシャツと黒のタイトスカートで決めて出勤したら、頭はボサボサ。まるで落ち武者か野武士のようだった。野武士頭のOLママは毎日楽しく暮らしているのでした。

 

 

2005年10月20日

就職活動?

どういうわけか、難関書類選考を通過したらしいので、青春の記念に採用試験を受けにいくことにした。朝早くから終日掛けての採用試験。

朝早いので、子供たちより早く家を出る。ちゃんと鍵をかけるんだよ〜。駅まで猛ダッシュで走る走る。途中、救急車にひかれそうになったけど(爆)。駅から遠いと辛いな。いつもはバス通勤だから気にならなかったんだけど。

同じ市内にある某お嬢様大学へと向かうのだった。着いた駅は、綺麗な新興住宅地でこじんまりとした大学だった。私の通った大学はマンモス大学だったから、随分雰囲気が違う。女子大は初めてだわ。試験会場に入ると、受験者は私を含めて6名。6名?・・随分、少ないな。。書類選考でかなり絞り込んだと思われ。。

午前中は筆記試験。知能検査みたいな適性検査を受け、計算のしすぎで頭がくらくらした。その後、英訳和訳。時間配分を間違えて最後までできなかった。。ぐずん。。午後は、面接、一人15分ずつ。私は一番最後だった。ということは、運良く最後の選考に残ったと言うことか。

仕事の内容は、留学生の受け入れや、提携先大学への学生を送り込み、そのサポートとか国際会議のセッティングとかすんごくやりたい!と思える仕事だった。が、当たり前だけど、残業は多い。上品でものすごくきっちりした感じの管理職の方が
「定時で帰れる仕事ではございません」
と話していた。やっぱり無理かもしれない。そして、待遇面。・・・世の中そう甘くないという待遇だった。今の仕事は、実入りに対してかなり楽な仕事だと認識しました。。

午後の面接は、久々に緊張した。まともな採用試験は久しぶり。個室で4名の面接官に囲まれながら、履歴書に書かれた内容について事細かにつっこまれた。新卒で入れば「その他大勢」の一人だけど、中途採用はそうはいかない。即戦力、個人の能力だけを見られるのだった。

今回の採用では、1〜2名採用されるらしい。私は多分ダメだと思う。万が一、採用されてもとても引き受けられない。子供や家族に負担をかけてでも好きな仕事をする根性とか覚悟があるのかと聞かれたら、私は子供を選ぶと答えると思う。それでも、運試しでここまで来れて良かった。

今の仕事は、今の自分ができる範囲のベストの仕事だとよくわかりました。。天職と適職を間違えちゃいけないのね。好きな仕事でお金を稼いで食べていければいいけれど、好きでなくとも自分に合った仕事もそれはそれで適職と言えるに違いない。やりたくない仕事なのに、子供のためだから生活のためだからと文句を言っていた自分はないものねだりだった。

子供たちが大きくなって、私が夢を捨てなければまた好きな仕事につけるチャンスがあると思う。今の仕事だって、それに繋がって行くわけだから。

なんだか、色々考えさせられた1日就職活動でした。
 

 

2005年10月22日

思うこと色々

雨の多い1週間だった。金曜日は、ムスコちゃんたちの遠足だったので、心配だったけど、運良く金曜日だけお天気に恵まれた。良かった。

5時半に起きてお弁当をこしらえる。遠足の日を楽しみにしていたムスコ達はめずらしく早起きして身支度していた。置いてかれちゃ大変だもんね。いってらっしゃ〜い。

お仕事について。結局、異動はせずに、現部署と別部署を行った来たりの2足のワラジを履く事になった。2足のワラジは実は得意分野。仕事のプライオリティさえ間違えなければどうにかなるのだ。営業で秘書業務だけ続行し、総務部でも仕事をすることになった。両部署にPCと電話を設置できるよう依頼する。電話とパソコンがあれば、どこでも仕事ができるのだった。

総務部の方々はみんなとても仲が良くて、いい方達ばかり。早速歓迎会の準備をしてくれた。わーい、呑み会!!・・酒癖が悪いから気をつけなきゃ。。隔週で部長を含め全員でお弁当を食べるんだそうだ(名目はランチミーティング)。

2部署を行き来しているので、おやつを2回もらっているワタシ。みんなに大変そう、と言われるけど、落ち着きのない性格なので掛け持ちの方が好きなの。色々な事がいっぺんにできるから。もし、これから先困った事が起こったらその時に考えよう(それでいいのか?)。

休日はまた試験を受けることにした。帰国して3年も経つと英語がさび付いている事に気がついてガクゼン。週末から試験勉強態勢に入ってます(今は休憩時間ね)。さて、そろそろ勉強しようかな。。

 

2005年10月23日

試験勉強

土曜日は雨だった。でも、試験勉強の日だから関係ないの。めずらしく頭を使うとおなかがすくので、もりもり食べたら1日で脂肪が増えたような。。せっかく夏から3キロ痩せたのに。たまに頭を使うと、体からエクストラプらズムみたいな白い煙がもくもく体から発生するような気がする。

日曜日は久々の晴天。布団を干して試験会場へ行く。今回の会場は実家の近くなので、帰りに実家で息子達を迎えにすぐ行けるから助かったのだ。試験問題を解き終わるのはいつも、終了5分前くらいだけど、今回はめずらしく10分も余裕があった。試験慣れってヤツ?

2時間以上試験会場に拘束されて、やっと解放された!秋晴れの気持ちがいい一日だった。衣替えもしたし、ホッとカーペットも出したし、あとは、暖房器具を買い足しに行かなきゃ。ヒーターと加湿器が一緒になっているようなものが欲しい(小児科とかに置いてあるようなヤツ)。去年は、暖房があまり効かなくて、冬中風邪を引いていたので、今年は、加湿器とヒーターを買い足して、来るべき冬に備えるのだ!

ムスコ達を迎えに行ったら、ぶーたれていた。
「せっかくのお休みなのにあんまり遊べなかった」
おばあちゃんちのおもちゃじゃ物足りなかったらしい。その代わり、食い気に走ったらしい。太ったムスコ達。。

もう10月が終わってしまう。来月は誕生月。今年も残りわずか。

 

2005年10月25日

究極の選択?

職場でバタバタ。結局、異動先の上司ドノから兼任の許可がおりず、来月から綺麗さっぱり異動する事にした。異動先の方々はみんなとてもいい方で親切。職場環境は今まで働いてきた中で一番いいと思う。でも、仕事内容は・・。管理系の仕事ははじめてだけど、せっかくのオファーだったので引き受けた。引継ぎを受け初めて2週間。正直・・・。

正直言って、管理系のお仕事は肌が合わないというか、続けられるかかなり心配。毎日書類とPCに向かい合う生活が果たしてできるのか?!日々のRoutine Workに耐えられるのか!?今まで、人と接する仕事や、人と関わる仕事が多かった。オフィスワークといっても営業部だったり、通訳時代はサービス業みたいなものだったし。

そこはかとない嫌な予感がするのは何故?いけない、いけない。気持ちを切り替えよう。派遣なので、3ヵ月更新なのだ(派遣のくせに異動してるワタシ)。契約が切れる1ヵ月半前には次回契約更新の問い合わせが来る。おそらく12月半ばにはくるはず。その時、すでにヤバイ状態だったらまた異動するなり(顰蹙承知で)、社外で探せばよいのだ。そうだ、そうしよう(ポジティブ・シンキング)。

ま、守りの人生を送っているなら離婚なんてしないよね(自爆)。子供と生活を中心にしつつ、ちょこっと自分の好きなこともやらせてもらう。ここらへんはバランスが大事。適当な自己主張もストレス解消には必要だと思う。

 

2005年10月27日

わらしべ長者

新しい部署との契約3日前。新しい部署での業務に対して不安はぬぐえず、顰蹙承知、無理承知、失業承知で異動先の上司の方に相談させて頂いた。

業務に対して責任をもって継続していく自信がないということ、途中で仕事を放り出すわけにはいかないので、今回契約すべきか迷っている事など。異動先の上司の方は、大変人間の出来た方だった。私の意見を聞いてくれた上で、そういう事情であれば仕方がないけど、と前置きした上で
「ここと契約しない場合、来月はどうするの?」
もちろん、失業です、ハイ。私のわがままなので仕方ありませんから、また、次の仕事を探します、と答えた。
「それじゃ、困るでしょう。社内でいいなら、次を紹介するから」

3日前に契約をしないとごねた上、次の仕事を紹介してもらうなんて申し訳なさすぎる。。
「いやね、他の候補者がいるから、うちの部の後任については大丈夫だから。次の仕事紹介するよ」
感激のあまり泣きそう(T-T)。

上記のお言葉を頂いてから1時間半後、人事部を通り抜け、派遣会社へ連絡が早々入ったらしい。
「責任もって、ぱんださんに合った仕事を紹介するということですよ。ぱんださんの代わりの方はもう決まりましたから安心して下さい」
ありがとうございます(号泣)。

さっきまで失業覚悟だったのに、いつの間にか急展開。なんだかわらしべ長者みたい。最初に握り締めていたのがワラだったのに、いつの間にか大きな宝物に変わって行くみたい。みなさんに感謝。

もうダメだ、とどん底に落ちた時、ふっと救いの手が差し伸べられる時がある。神様はきっと見ていると思うのはこんな時。私と関わる全てに感謝します。ありがとうございます。

 

2005年10月28日

拾う神

今朝、早速新しい仕事の話が来た。その仕事とはなんと元上司であるリチャード・ギア(似)元部長からの依頼だった。2年以上前、私がこの会社を受けた時、面接したのがリチャード元部長。当時、営業部長であったリチャードはかっちょいいナイス・ガイだったので、フラフラと入社したのだった。が、実際に入ってみると、リチャードとは仕事上の関わりはほとんどなく、去年、別部署に異動されていった。

最近、新しく立ち上げた部署の室長に任命されたリチャード(似)は、急速に業績を伸ばしている。ここでアシスタントをされている方が、体調を崩し、急遽、人手が必要になったというわけ。リチャードにはすでに私の話は伝わっているとのことで、
「あちらは是非ぱんださんにということですから」
てなわけで、私が了解すれば、即決ということだった。あのー、外国人秘書を希望しているんですけど。。
「外国人秘書は残業も多いし、できれば本社内で働いていただけたら嬉しいんですけど」
と、かなり勧められた。一日考えさせて下さい。

職場に戻り、速攻で情報収集。直接、体調不良で長期休暇を取る方へ電話した。聞いてみたら、今、海外営業でやっている仕事とほぼ同じだった。営業ほど人数は多くないけど、その代わり、一人で対応しなきゃいけないらしい。多分、大丈夫。みんないい人みたいし、上司はよく知ってるし。そんなわけで、来週早々、早速顔合わせをすることになった。

元々異動する予定だった総務部長にお詫びとお礼を言う。
「こちらはこちらでちゃんと対応したから、あなたは自分のことだけ考えればいいよ」
なんてよく出来た方でしょう(感動)。総務部には、2週間ちょっと引継ぎで通いで行っただけだけど、みんな本当にいい方で、短い間だったけど癒しの日々だった。こんないい話を袖に振るなんてもったいないけど、仕事は毎日のことだし、できないことはやっぱり引き受けられないし。

気になる点といえば、12月に本社から出なければいけないこと。某工業地帯に新社屋を建てるので、ある大きな本部ごと引越しなのだ。ああ、せっかくお家から近かったのに。。

リチャードは、いずれマーケティング関係の仕事も任せたいと言っているらしい。さて、新しい仕事はどうなるかしら?私にとっていい環境でありますように。今日も感謝☆

 

2005年10月30日

岐路

私がまだ香港マダムと呼ばれていた頃、「おやまだの会」とかいう麗しいマダムが集う会があったのだ。定期的に夜会合が行われていたらしい。メンバーの中で一番大人しいワタシが何故か会長をしていた。

時は流れ、当時のメンバーは日本各地に点在し、それぞれの人生を送っている。てんでばらばらの道を進んでいるんだけど、何故か岐路や転機が一致する事が多く、ワタシ同様、蠍座連盟も誕生月である11月は岐路であるらしい。みんな来月から新しい職場で働くのよね。幸先いいような気がしてきたよ。多分、大変なことはいっぱいあるし、思い描いていた未来予想図とは違うと思う。でも、好きな道できっと花開くさ。

さて、明日はいよいよ異動先上司ドノと顔合わせ。また、リチャード・ギア(似)元部長と一緒に働けるのね(うきうき)。思えば、リチャード様がワタシを採用してくれてから、早、2年以上の月日が流れている。もう縁が切れちゃったのかと思った。たまに、社内で見とれて・・・じゃなくて、見かけて会釈する位だった。でも、かっこよすぎて、お顔を見ると、お話できないの(しょんぼり)。リチャードが側にいたら、仕事中、お菓子をむさぼり食うなんてできないし、宴会でも酒も喉を通らないかも(どきどき)。

でも、来月から一緒に働けるの。わーい!

 

2005年10月30日

バタバタ

朝からバタバタ。。朝食抜き、昼はハンバーガー一個食べてバタバタしてたら、一日が終わってしまった。

今日は、異動先上司であるリチャード・ギア(似)元部長、現室長と雑談・・じゃなくて、面談してきました。恥ずかしくてお話できないかも〜(うきうき)。

再び拾って頂いてありがとうございます、とお礼を言うと、
「おっ、あの部でとうとう根をあげたか、ハハハー」
見た目はリチャード・ギアだけど、中身は体育会系熱血おやぢなのだった。楽しく雑談・・・じゃなくて面談。
「ぱんださんの事情はわかってるから、残業に関しては大丈夫だから。学校のこととかあったら、休んでいいからね」
はーい。ありがとうございます(ぺこぺこ)。で、仕事って何やるんですか?
「いずれ○○の仕事をしてもらうから」
えっ、何?
「Job関係ね。役に立たない奴らばっかりだから、ぱんださんに来てもらってカツを入れてもらおうと思って」
ちょっと固まっちゃったんですけど。。ともかく、何でもやれってことですね。
「そうそう、アハハー」

楽しい面談は終わり、即効で現部署に戻り、引継ぎ業務に残務処理。今日中は無理だけど、明日までにはなんとかするぜ!この部には2年以上お世話になった。帰国したばかりで右も左もわからない状態で働かせてもらったことにはとても感謝している。今の上司の役員ドノにも。厳しい役員ドノがいたから、たくさん学べたのだから。明日は、ちゃんとお礼を言って、長くお世話になったこの棟を離れよう。

今日も一日無事に過ごす事ができました。感謝です。