出産体験談*その2*

17時17分。3190gの男の子誕生!

だんなは出張中のため、自分でへその緒を切らせてもらい、生まれたての赤ちゃんを抱っこ。小さくて、あたたかくて、かわいい。

生まれたての赤ちゃんを堪能したあと、助産婦さんが赤ちゃんの体を拭き、隣の新生児室へ連れて行こうとしたその時、産婦人科医がストップをかけた。「この子は呼吸がおかしいからすぐに小児科医を呼びなさい」

天国から地獄

生まれてすぐ元気に泣いていたので、私はドクターの言葉をあまり理解できませんでした。その後、すぐに小児科のドクターがやってきて話があると言われました。

「この子は呼吸逼迫症候群(Respiratory Distress Syndrome)の兆候がみられるから、すぐにレントゲン検査を受けて、結果しだいで大学病院(Queens Mary Hospital)へ転送しなければいけない」。どうやら、早産のため、肺の機能が未熟でうまく呼吸できないよう。とりあえず、レントゲン検査。結果は、思ったほど悪くないということで転院の必要はないとのことでした。

何が起こっているのかあまり飲み込めませんでしたが、出産後、すぐに動くことができず、もどかしい思い。でも、赤ちゃんの様子がどうしても知りたくて、こっそり新生児室を覗いてみました。

そこには、保育器の中で、口からチューブを入れられ、苦しそうに呼吸をしている赤ちゃんがいました。生まれたときはあんなに元気そうだったのに。小さな体で一生懸命呼吸をしようとしている赤ちゃんを見ていると、涙が出て、止まらなくなり、呆然としている私に看護婦さんが小児科医と電話で話をさせてくれました。

ドクターによると、「呼吸がうまくできないことは、保育器の中で十分にケアできる。一番心配なのは、抵抗力のない新生児がその後合併症を起こしてしまうこと」。抵抗力のない新生児が合併症などを起こすと命にかかわることなので、そのことをふまえてケアしていきたいとのことでした。実際、出生後、数時間で発熱し、肺炎を併発しかけたのですが、すぐ抗生物質を投与したおかげで熱は薬でコントロールすることができました。

赤ちゃんが呼吸ができなかった本当の原因

翌日、眠れない夜を過ごした私のもとに、小児科のドクターが話があると訪れました。ドクターがいうには、「赤ちゃんはRDSではなく、羊水を吸引したため、肺に水がたまっているため。どうやら、出生直後に羊水を飲み込んでしまったらしい」

えっ、いつ飲み込んだんだろう?私のお腹の中にいる時、飲み込んだのかしら?あほな質問をした私に小児科の先生は丁寧に説明してくれました。赤ちゃんはお母さんの子宮の中では、羊水を飲んだり吐いたりしながら外の世界へ出た時、ちゃんと肺呼吸できるように練習しているそうです。そして、誕生しておぎゃーと泣いた瞬間から肺呼吸が始まるのですが、肺が未熟だったり、羊水を飲み込んだりすると肺呼吸にうまく切り替わることができず、酸素をうまく吸えないそうです。肺に入った羊水自体は、数日すれば血液に吸収されるとのことですが、肺に水が入っている状態はばい菌にとって格好の温床らしく、感染症を起こしやすくなるのが一番の問題とのこと。特に、羊水は胎児時代の胎便やらいろいろ混ざっていてあまりきれいなものではないらしく、やはり菌の温床とのこと。抵抗力のない新生児にとって、感染症は命取りなので数日は要経過観察といわれました。

小児科医の説明は大変わかりやすく納得できたのですが、「どうしてうちの子だけが…」という思いはなかなか消えず、何度も出産時のことを思い出しながら何がいけなかったのだろうと思い悩む日々でした。分娩に立ち会った産婦人科医も気が付かなかったそうです。結局、いつ羊水を飲み込んだかは謎につつまれたまま。事故にあったようなものなので、いつまでも原因にこだわっても仕方のないことなのですが、入院中は鬱々とした日々を送っていました。

日本のお母さんは献身的?

結局、私が退院する日になっても赤ちゃんは保育器に入ったまま病状は一進一退。落ち込む私に産婦人科のドクターがこんな話をしてくれました。

「日本のお母さんは自分を犠牲にして子供のために尽くしているように見えるけど、大切なことを忘れちゃいけない。子供を育てているのはお母さんなんだから、お母さんが倒れちゃしようがないんだよ。例えば、飛行機事故にあって、酸素ボンベが一つしかないとする。そんなときどうする?」

「子供に酸素ボンベを使わせる」と答えた私に対して

「違う。自分がまず使うんだ。自分が死んだら子供も死んでしまう。親は子供に対して責任があるんだから、まず、自分が助からなきゃいけない。お母さんは家族の中で一番たいせつな人なんだから、お母さんが元気でいることが第一なんだよ。君が倒れたら、子供たちやご主人はどうするんだ。」

先生は、とにかくよく寝て食べろと言っていました。赤ちゃんの世話は看護婦さんたちがしてくれるので、私は何も考えないようにして自宅へ戻ることに。

ついに赤ちゃん退院!

私が退院した翌日、小児科のドクターが「保育器から一度出してみよう」と言い出しました。「もし、まだうまく呼吸できないようならまた戻せばいいさ」

私の不安をよそに、赤ちゃんは保育器の外でもちゃんと呼吸していました。このとき初めて、赤ちゃんを抱っこ!そして、初の母乳をあげることができました。「この調子なら今週末に退院できそうだね」

入院10日目にしてやっと自宅へ赤ちゃんを連れていくことができました。名前もついていなかった子に、義父母が名前を付けてくれました。赤ちゃんが生きて健康であることが、こんなにありがたいことだとは最初の子育ての時は気づかなかったことでした。せっかく授かった命だから大切に育てていかなければ、としみじみ思えました。また、最善の治療をしてくれた医師たちや看護婦さんたちにも感謝の気持ちでいっぱいでした。余裕の二人目育児と思いきや、最初からとんでもない大事件に遭遇してしまいましたが、一番たいせつな”生きていることのありがたさ”がわかった貴重な体験になりました。

長男と次男。1999年夏。