2003年12月の日記

師走

クリスマスの準備

短い夢

ほんとうの気持ち

ただ今、工事中につき・・

学童保育

ボクにはおとうさんがいない

嫌な世の中

長い一日

雪が降りそう

忘年会!

二日酔い

久々によく寝た

歯医者さん

クリスマスのページェント

面談

クリスマス会

ヴァケーション間近

クリスマス礼拝

ついにダウン

クリスマスイブの夜

大切なもの

仕事納め

胃腸風邪

年の瀬

2003年12月1日

師走

師走。文字に書いてみると、今年もあとわずかだと実感する。もう12月だ。

朝から雨。バスに乗ったらうとうとしてしまう。何度か目を覚まし、まだ終点についていないことを確かめたはずだが、終点で知らない人から肩を叩かれた、
「終点ですよ」
はっ!?危ない。危ない。もう少しで車庫に入るところだった(冷汗)。もしかして、私寝てた?

月末月初めはたいそう忙しい。しかも、12月の役員ドノの出張のスケジュールがころころ変わるので訳がわからん。今回は社長と同行で、間に別の部の人が入ってアレンジしているのでその人に聞いてみる。
「役員ドノの指示にしたがってスケジュールを立てているんですが・・」
でも、役員ドノから今朝聞いた話と違うみたいよ。じゃあ、直接本人に確認してみますねー。
「いや・・それはちょっと・・」
オニより怖い役員ドノはみんなに恐れられているので、誰も確認できないのであった。当の本人もわかってないのでは!?社長と同伴なら、社長秘書のH女史ならわかるはず。
「本部長の指示を最優先して決めていますが。」
とのお返事。社長のフライト予約をメールで送ってもらうように頼む。H女史は、如才なく、関係者すべてに社長のフライトスケジュールを送付。それを見た本部長ドノ。
「ごめん、また、フライトのスケジュール変わった」
やっぱわかってなかった?
「もう変更済みですから(にっこり)」
これでよし(本当か!?)。発券まで、あと五回は変更するだろうな。いつもこんな感じで出張へと旅立つのだった。

もう師走。腹をくくって、待つべきものを待ち、やるべきことをやろう。先週はひどい精神状態だったけど、今週は落ち着いてきた。ずっと前に、神様に三つのお願いをしていたのを思い出した。「変えられないものを受け入れる冷静さと、変えられるものを変えていく勇気と、その二つを見分ける賢さを与えてください。」

 

2003年12月2日

クリスマスの準備

あんまり疲れたというのは好きじゃないが、やっぱり疲れた。。今日はいいお天気だ。疲れているのか、朝、職場へ向かうバスの中でうとうと眠ってしまう。

職場に着くと、役員ドノから午前中は休むという一報を受ける。喜ぶ部員達。
「こころなしか、植物達も息を吹き返したようだねえ〜」
そんなことをいいながら、温厚なM氏が役員ドノの前にある観葉植物をなでている。そうですよねえ。葉っぱもいつも怒られてしょげてますもんね。なごやかーな雰囲気も長くは続かず、午後は気合十分に出社する役員ドノだった。

もうすぐクリスマスなので、教会付属保育園に通うムスコちゃん達は、アドベントだのページェントだの色んなキリスト教の行事に忙しいらしい。ページェントでは、子供たちが教会でイエス様の生誕を模した劇をするようだ。役をもらえるのは年長さん、下のムスコちゃんはお歌を歌うとか言ってる。上のムスコちゃんは、なんと、イエス様の父親ヨゼフをやることが判明。しかし、その後、ヨゼフは5人いると判明(笑)。

イエス様は誰がやるのかな?
「きゅーぴーさんだよ。だって赤ちゃんだもん」
ああ、そうだよね(汗)。

キリスト教では、クリスマスが一年で一番のビッグイベントだろう。いつにもまして、熱心に色々なことをやっている。でも、子供たちが何かに取り組んだり、熱心にお祈りをしたり、神様のお話を聞くのはいい感じ。一年の終わりに、静かな教会で穏やかな気持ちでお祝いをする。

子供たちのページェントは平日の朝に行われる。半休をとって、行ってこよう、教会へ。

 

 

2003年12月5日

短い夢

明け方、うとうとしている間に短い夢を見た。

現実で嫌な事ばかりあって、それを抑圧しようとすると、夢の中で本音が出てくる。今朝の夢は一人で遠い所へ行く夢だった。

西へ向かって、一人電車にのって目的地に行こうとしている。でも、その目的地には行けるとは思っていなくて、行ける所まで行こうとしている。電車を乗り継ぎ、時間を気にしながら。結局、目的地からはほど遠い所で帰らなければいけない時間になってしまう。ああ、元の場所に戻らなくちゃと、駅に帰って行く私。

目が覚めたら、朝だった。短い夢。私は現実に戻る世界があり、そこに帰った。子供を保育園へ連れて行き、仕事に向かう。いつもと同じ一日。

短い夢は覚めてしまった。ほんの短い間の現実逃避。そろそろ戻らないといけない。今ある世界へ。

 

2003年12月6日

ほんとうの気持ち

私は人からしっかりしていると言われる。頼りにもされる、信頼してくれる人が多い。そして、私はそれに応えることができると思う。それはそれで構わない。

時々、つかれてつかれて仕方がない。夜になると、涙が出て止まらない。私はやはり寂しいのかな、と思う。背負っている荷物が重くて仕方がなくて、苦しくてたまらない。だから、誰かに頼りたくなることがある。

私は立派な母親じゃなくて、よくできた人間でもない。ひとりの女に過ぎないから。普段、普通に暮らしていても、ふとした拍子に立ちすくんでしまう。親も子どもも、全部の責任を放り投げて、逃げ出したくなる。でも、逃げ出すのは夢の中だけで、朝目が覚めると、いつもどおりの生活に戻る。夢の中だけ、いつもどこかしらへ逃げている。

自分が選んだ道を生きているんだから仕方ないでしょう。あなたはしっかりしているし、強いから大丈夫でしょう。多分、大丈夫。大丈夫だけど、時々、つかれてつかれてどうしようもない。一人だけでゆっくり休みたい。どんな夢にも邪魔されず、ゆっくり眠りたい。

つかれた。

 

2003年12月6日

ただ今、工事中につき・・

金曜日の夜。母が子供たちのお迎えに行けるというので、たまった仕事を片付けることにした。何も考えず、黙々と働く。単純な仕事は何も考えなくてもいいから好き。最近、頭を使う仕事に苦痛を感じ始めている。子供の英会話講師のバイトすら、苦痛に感じる。若い頃なら、多分、満足しなかっただろう。

なぜかこの日、いつもはオニのように厳しい役員ドノは妙に機嫌がいい。いきなり冗談をとばしたり、いろんな人ににこやかに話しかけたり。普段の役員ドノを知っている人達にとっては、これからやってくるかもしれない嵐の前触れを予感する。
「あの機嫌は突然、変わるからな」
「何かいいことあったのかしら・・?」
周囲の人達はそうつぶやくのだった。

そんな不気味な夕方。小雨が降る寒い日だった。つい最近、導入されたが、ほとんどデスクの飾り物と化しているIPフォンが鳴り響く。副本部長のIPフォンだ。朝、役員ドノが突然、夕方の会議は行かないと言いだし、代わりに副本部長が出席していた。不在の席で鳴り響くIPフォン。

初めてのIPフォンを恐る恐る取る。副本部長は?と聞かれ、何を思ったか私は
「今、工事中です」
と応えていた。役員ドノ代理出席の会議は、工事関係の会議だったのだ。爆笑している周囲の女の子達。あっけにとられる電話の向こう側の人。
「そうですか。大変な工事をされているんですね(ぷっ)」
しまった(汗)。。やってしもうた(大汗)。。工事中じゃない。会議中だよ。

何も考えないで仕事をするとこうなる見本みたいな日だった。今晩は、ボディコンバット行ってこよう。小雨降る中歩いていたら、突然、思い出した。・・コンバット開始時間を間違えていた。。余裕かましてる場合じゃない。走ってスポーツクラブに入り、2分で着替え、超ぎりぎり間に合った。

1時間クラスだと思って、力を抜いてやっていたら45分で終わってしまった。ぼけっと生活しているとこうなる見本みたいな日だ。

金曜日の夜なので、街は人がいっぱい。クリスマスのイルミネーションが綺麗。ぼけーっ電車を乗り継ぎ、駅に着く。人がいっぱい。だって、金曜の夜だから。駅で見知らぬ男の人に声をかけられたような気がしたが、何も見えない・何も聞こえないフリをして通り過ぎる。

小雨が降っていたが、傘がない。バスもなかった。ないないづくしなので、小雨が降る中、歩いて帰った。帰ったら、みんな寝ちゃってたので、一人ビールを飲み、ご飯を食べて寝る。こんな感じのフライデー・ナイト。

 

2003年12月7日

学童保育

上のムスコちゃんは来年春に、小学校に入学する。働く母にとっては、今後どうするか死活問題である。そんな家庭を救済するために、市が委託事業として学童保育を実施している。小学校が終わったあと、学童保育に預かってもらい、6時に集団下校するのだ。地域によっては、学童保育も満杯らしい。保育園に入園するのにも区役所に通いつめ、1ヵ月後ようやく受け入れ先の保育園が見つかった苦いいきさつがあるので、今回は早めに申し込みに行くことにする。

定員オーバーを覚悟して行った割りには、私が住む地域の学童保育はガラガラであった。二つの小学校あわせて10名ちょっとしかいない。定員オーバーは過去になかったそうだから、多分大丈夫だろう。上のムスコはここで6時まですごし、その後、鍵を持たせて帰宅することになる。多少の不安はあるが、それはどこの親も同じだろう。保育園時代とは違い、学童保育に任せきりにするのではなく、父兄が協力しあって親の就労を保護するものだから。多分、新しい生活パターンに慣れるまでしばらくかかるだろう。幸い、職場は自由がきくのでなんとか合わせられるだろう。勤務時間を短くしてもらおうかとも考えたが、それは最悪の事態ということにして、まずは試してみよう。

もう一つ吉報。下のムスコの保育園では、来年4月から保育時間が30分延長になり、7時まで預かってくれることになる。そのための手続き、面接が今月にある。保育園延長の手続きもしないといけない。源泉徴収申告書に就労証明書その他諸々の書類を提出しなければ。今年は働いていたとはいえ、6月からなのでさほどの所得にはならないはず。

一年間二人別々の学校に行く。多分、一番大変な時期になるだろう。試行錯誤しながら新しいペースで新しい生活になじまないといけない。母子ともに。上のムスコが学童保育の生活になれ、一人で帰宅するまで不安はある。下のムスコも、お兄ちゃんなしで朝8時から夕方6時半まで保育園生活に耐えられるか。小学校は保育園のように、毎日給食があるわけではないので、お弁当の日が多くなる。買い物、弁当のこしらえをこなし、9時から5時35分の勤務時間で果たして続けられるだろうかな。残業がある日はどうしたらいいんだろう。と不安材料を挙げればキリがない。

来年も正念場だと自覚した一日だった。

 

2003年12月7日

ボクにはおとうさんがいない

日曜の朝は遅くまで寝ている。遅く起きて、子供たちに遅い朝食を食べさせ、家事をする。お天気のいい日曜日はどこかへ出かける事が多い。だから、天気のいい日曜日になると、
「きょうはどこへいこうか?」
と聞いてくるようになった。動物園に行きたいというので、市が運営している小さな動物園へ出かけることにする。この動物園は2時間もあれば1周できてしまうので、お昼ごろ出かけても、十分間に合う。

以前、下のムスコが遠足でこの動物園へ行ったので、4歳児の下のムスコを隊長に任命し、目的地に向かうことにした。目指す駅に着いたが、随分前に行ったので良く覚えていない。動物園はどっちの方向だっけ?
「わしゅれた」
と4歳児に即答された。チミに聞いたのがまちがいだったよ(泣)。地図を見ながら、遠い記憶を頼りに、坂道を登る。私が住んでいる市は、坂道が多い。

案外、すぐに現地はわかった。目指す動物園に着いたら、
「あ、おもいだちた!」
と叫ぶ4歳児。今頃、思い出したのね(泣)。

ここは動物園と言うよりも、公園の中に動物が点在している。レストランも売店も何もない。入場も無料。小高い公園からみなとみらいの景色が見える。木がいっぱい茂って、黄色や赤の落ち葉を踏みながら、3人で手をつないで過ごす気持ちのいい日曜日。ちっちゃいムスコは
「きもちいね!たのちいね!」
と終始はしゃいでいた。お兄ちゃんの方は最近,色々なことがわかるようになり、私の話し相手にもなってくれる。ベンチで座っておやつを食べていたら、
「ボクはどんなお父さんになるのかな」
と言う。優しいお父さんになるんだよ。
「ボクにはお父さんはいないけど、おじいちゃんはいるんだよね。他にお父さんいない人いるかな」
保育園へ通う母子家庭のお友達の名前を言うと、そっか、お父さんとたまに会えるからいない訳じゃないんだと言う。日曜日の日は、当たり前だがよその家のパパをたくさん見かける日だ。

上のムスコはおっとりしているが、大切なことはよく見ている。自分の家が他の家と少し違うこととか、離婚前の我が家とか。それらのことに対して、怒ったり混乱しているような感じはなくて、彼なりに受け入れようとしている風に見える。

冬の日は、日が暮れるのが早いので、駅に戻るころには風も冷たくなり、薄暗くなっていた。スターバックスで少しあったまってから、駅に戻る。みなとみらいの夜景はとても綺麗。
「わあー、きれい。また行きたいなー」
上のムスコが言っているのは、観覧車がある遊園地。また行こうね。

 

2003年12月8日

嫌な世の中

私の職場は、海外と仕事をしている。特に、中近東が多い。もちろん、出張も頻繁にある。昨今の、イラクで起こった悲劇は、もちろん、社内中に回覧され注意するようにと通達がある。

そんな中、中近東へ出張へ行くことになったHさん。身長190センチ以上はある社内一の長身のHさんは、大きな体に似合わず(しつれー)、とっても優しい。仕事中、突然私とRちゃんの背後にやってきて、年末の挨拶なんか始める。何が起こったんだろうかと思ったら、今週からイランへ出張へ行くという。出張前の、色々な手配のお願いと一緒に、
「気をつけて行ってくるように言って下さいー」
なんてことを言う。ほんとに気をつけて下さいよー。時期が時期だけに、ご家族も心配だろうな。それでも、仕事があれば行かなければいけない。大きな体で笑いながら話すHさん。
「クリスマスまでに帰って来たいんだけど」
そうだよね。クリスマスは大切な人達といたいもの。無事に帰ってきますように。ついでに、仕事もうまくいきますように。

 

2003年12月10日

長い一日

今朝、会社に行くと、中東の要人達が突然、来社することが決まっていた。隣のRちゃんは国旗を用意したりバタバタしており、なぜか私はお昼の会食メニューを英訳。中東の国々の人達は、宗教上の理由から、食事の制限がかなり厳しい。アルコール類一切は調理に使用しないことを何度もレストランに確認。しかーし!デザートのケーキにもしや!?と思って、確認してみると、どうやらほぼ全てのケーキ類にワインやシロップ(リキュールかもしれない)が使用されていることを知り、急遽、デザートはフルーツに変更してもらう。

ほんの一時間後。客人達は肉類一切食べないことが発見。しかも、行き先はロースとビーフの店だった(泣)。ローストビーフの名店に、
「すみません。。メインは魚料理にして下さい。。」
とお願いしたら、案の定、電話口の向こう側には冷たい空気が流れていた。それでも、なんとか人数分ぎりぎりの魚があるというので、アルコール一切抜きで調理してもらうことにした。すでに午前11時回っていた。。

午後。役員ドノが突然、
「オレの日曜日からの出張が・・」
え、日曜日?火曜日じゃないんですか?あれ、言わなかったっけ?とうそぶく役員ドノ。いーや、聞いてない。聞いてないけど、日曜から行くというので、フライト、ホテルの変更。さらに、別部署の人も行くので、その人の分もブッキング。さらにさらに、ヨーロッパ赴任したてのSさんも合流するので、Sさんに連絡。ダメ押しに、
「海外の携帯壊れちゃったから用意して」
というので、そちらも手配。ついでに、成田エクスプレスの予約。

社長秘書のH女史からは、ヨーロッパ出張のスケジュールを教えて欲しいといわれるが、私もわからないのだ。そんなわけで、同行者Sさんと国際電話で確認。そんな感じで一日は終わっていった。

帰りは、シングルママで、同じ会社に勤めているMちゃんが車で送ってくれるという。わーい!・・しかし、今日は、異常に道が混んでおり、保育園に到着したのが1時間後。Mちゃんはしきりに申し訳ないと言っていたが、車中「アバ」がずっとかかっていて、香港でよく聴いていた私は懐かしくて、嬉しかった。ありがとね。着いた頃には、保育園閉園をとっくに過ぎていた。暗くなった保育園に待っていたムスコちゃん達。すまないのう。。

家に帰るためにバス停まで歩いていると、目の前をバスが通り過ぎる(号泣)。ついてない日ってあるのね(涙)。
「乗っていきなよー」
と道の反対側から声をかけてくれたのは、保育園のシングルママ。寒いし、バス停でずっと待ってるのもなんだから、乗っていきなよというお言葉に甘えて、家まで送ってもらった。ありがとう。

師走は誰もが忙しいらしいと、お友達の日記を読んで思った(笑)。もうすぐ今年も終わっちゃうのか。日本は日々寒くなって行く。

 

2003年12月11日

雪が降りそう

今日は雪が降ってくるんじゃないかと思ったくらい寒い日だった。去年の冬、日本の冬に備えて購入したベージュのダウンジャケット。ダウンといっても、かなり薄手で、ウエストはベルトで絞るタイプのもの。ダウンにしては、カジュアルすぎず、暖かいので重宝している。しかし、そのコートを着ても寒いと唸ってしまうほど、寒かった。毎朝、子ども達を7時半に家を出る。吐く息は白く、手もかじかんでしまうので、手袋を引っ張り出した。

今日も、昨日から引き続き、海外からお客様がわんさか来訪。朝からあれがないとか、これがないとかあいかわらずのドタバタぶり。受付で次々にやってくるお客さん達に通関書を渡し、会議室へ案内。お昼は10分で弁当をかきこみ、午後のミーティングのブレイク時に食べるスナックの買出し。ついでに、ビジネスランチの残りのハムとかサンドイッチをつまみ食い。

走り回っているうちに、外はますます冷え込み、冷たい雨が降り始めた。雪に変わってしまうのかしらと思ったが、雪に変わることはなく、冷たい雨が午後いっぱい降り続いた。あまり寒くて、冷えるので、夕方に、自販機で温かいココアを買って飲んだ。寒い冬はココアが飲みたくなる。

夕方、仕事を終え、外に出ると、雨はすっかりやみ、寒さも和らいだように思える。駅で買い物をし、保育園へムスコちゃんたちを迎えに行く。バスの中で、上のムスコがにこにこ笑いながら言う。
「ボクもマミィちゃんも、すっかり日本に慣れてきたね!」
そうだよね。去年に比べれば。住む家もあって、みんな元気で、保育園でお友達もいっぱいできて、仕事もあって。
寒い冬に慣れるまでもう少しかかりそうだけど、いつの日が、慣れてしまうんだろう。

今年中に雪は降るのかしら。
 

 

2003年12月12日

忘年会!

今晩は忘年会でした。しかも、ただも忘年会ではなく、勉強会の後の忘年会。社員は全員、プレゼンテーションを行い、その後、派遣社員の中から3名ほどプレゼンをする。お目当ての呑み会はその後。

めったにお勉強をしない私には、きちょーな勉強会でした。ハイ。しかし、酒豪の私はその後がメイン。さくっと仕事を終えて、楽しく飲む。理想的です。

苦労の多い人生である私は、今の職場がたいそう気楽なので、その話をすると、素晴らしいと絶賛され(本当か!?)、オニより怖い役員ドノは、私の人生で出会った男の人の中ではかなりいい人であることを告白したら、妙に有難がられた一日でした。苦労もたまには役に立つのかなと思いました。

ひさーしぶりに、勉強会、忘年会で楽しいひと時。適材適所というけれど、気持ちよく働けるのは有難いこと。一日の大半を職場で過ごす私にとっては、気楽に働けるのは本当に嬉しい。

波乱万丈の一年だったけど(まだ終わってないけど)、結果的にはこれでよかったのかなと思う。大変な目に合うのは辛いけど、その分、学習することは多い。それは、目に見えないけど、自分の身となる。結局、生きてきたようにしか得られないと、妙に悟った一日だった。

今年もあとわずか。貴重な一年だったわ。これでよかったの。悪いことも、いいことも、全て自分の身になっているから。来年はいい年になりますように。ひどいことがあっても、笑顔でいられますように。

 

2003年12月13日

二日酔い

昨晩の忘年会の酒が効いた。。気持ち悪い。。普段は仕事があるので絶対に飲まないことにしているが、忘年会くらいと羽目をはずして飲みすぎたか。それとも、酒が弱くなった?今日は、英会話講師のアルバイトの日。途中、吐かなくてよかった。。

みなとみらいで忘年会だったのだけど、クリスマスのイルミネーションがそりゃあもう綺麗で感動。そうか、もうすぐクリスマスなんだ。

職場はおじさんばかりなんだけど、私はおやじたちと飲むのが昔から好きなので、楽しかった。オニより怖い役員ドノだけど、私の人生で出会った男の人の中ではかなり(一番とは言わないが)いい人なのだ。それを話したら、
「・・今まで、ろくな男に会わなかったんだ。」
としみじみ役員ドノに言われた(T−T)。呑み会が佳境に入ってくると、「子供はやっぱり可愛いよな」とかおやじその1がしみじみ語り出す。「子供がいるから働けるんだよな。自分はどんな目に合っても、子どものことになるとなあ・・」そうなんですよね。しみじみ。

リチャード・ギア(似)部長は、「お子さん一人で育ててほんと大変だよな・・」と浪花節を聞いたおやじのようだった。

年に一度の忘年会は終わる。子供のことがあって、仕事内容は一切問わず、子供を育てながら働ける条件だけをあげて見つかった職場。生活のために働いているのだから、長く続けられる所がいい。そんな職場が見つかったのだから、今年も捨てたもんじゃない。

 

2003年12月14日

久々によく寝た

土曜日は朝から、二日酔いで気持ち悪いままバイトへ行き、ふらふらになり帰宅。さくっと家事を済ませて、子供と一緒に9時に寝る。起きたら、翌朝の9時。12時間も寝てしまった。でも、すっきりした♪

あったかいお天気のいい日曜日。両親と上のムスコは、都内にあるでっかい温泉場の券をもらったとかで、出かけてしまったので、私と下のムスコはお掃除したり、洗濯したり、お買い物したり、のんびり過ごす。子ども一人だと楽だー。やることいっぱいあるような気がするけど、まあいいや。今週も忙しい予定なので、今日くらい休もう。

今年も色々あり、渦中の真っ只中にいると、怒りで冷静に考える余裕もなく、不安ばかりだと落ち込んでばかり。今、やるべきことをやり、結果がよければその過程で何がおきても、それでよいだろうと思い込むことにする。保育園がなかなか見つからなくて、仕事ができないと焦っていた時期もあったけど、結果的に受け入れてくれる保育園は見つかった。母の病気が治らないのではと不安だったこともあったけど、ちゃんと病気は治療してもらい、少しずつ元気になったし。仕事も条件に合った所がみつからず、転職したけど、最終的には、落ち着いて働ける場所は見つかったし。今の問題だって、いずれはこれでよかったんだと思えるような結果が出るに違いない。仮に思い通りの結果ではなくても、事実は事実として受け止めよう。腹をくくれば怖いものはない。

なんてことを考える。今年のことは今年のうちに全てクリアにして、来年から真っ白な状態で始められますように。

 

2003年12月15日

歯医者さん

今朝、いきなり定期を忘れて、家に取りに帰ったり、朝からバタバタ走る回る。職場でもバタバタ。今日は、ムスコちゃん達を歯医者に連れて行かなければいけないので、早退。早退間際に、海外出張中の役員ドノから電話が入り、またもや走る。バスで保育園へ行こうとしたら、道が異常に混んでいると言われ、また駅に戻り、電車に飛び乗る。今日は、走る日なんだわ。

歯医者の予約に遅れそうなので、保育園まで走り、ムスコ達を連れて、また駅まで走る。疲れた。。保育園ママの一人が歯医者さんなので、彼女を頼って家から二つ先の駅へ向かう。クリニック内にはモーツアルトがかかり、小奇麗な歯医者さん。ムスコちゃん達は、知ってるママがお医者さんなのが不思議らしく、どおちて〜と叫ぶ。前々から、Mちゃんママに歯を見てもらうからね、と言い聞かせていたのが効いたのか、今日は大変良い子でした。

上のムスコは歯の質が大変悪く、虫歯になりやすい。今日は、乳歯を一本抜いてもらった。次回は、神経を抜かないと永久歯にまで影響するかもしれないと言われ、年始早々に予約を入れた。ムスコの唾液の質は、さらに虫歯になりやすい類のものらしく、しかも、鼻が悪いので口呼吸をするから余計に唾液が出て、虫歯になるという悪循環を繰り返しているらしい。腰をすえて、治療しなければ。。

帰り道、保育園から借りた卒業文集が重かった。私は卒業文集委員だったので、今月中に、原稿を依頼し、年始早々に原稿をまとめないといけない。最後の大仕事だわ。

もう一つ。個人的に抱えている問題が、解決の方向に向かっている。じたばた騒がず、じっと待とう。かなり疲れるし、胃も痛いが、これは仕方がない。

明日は、半休とってムスコの通う教会へ行く。イエス様の生誕の劇をやるのだ。明日は静かな一日になる予定・・だといいんだけどねえ。

 

2003年12月16日

クリスマスのページェント

クリスマスのページェントが、子供たちが通う教会で行われる。仕事を半休とってゆっくり・・と思ったけど、平日の昼間、めったに休めないので、やらなければならないことを片付ける。まずは、区役所の福祉サービスカウンターへ、ある手続きを済ませる。その後、郵便局。朝一番で行ったので、あっという間に終わってしまった。

用事を済ませた後は、即効で教会に戻る。ページェントは10時から。この教会に入るのは初めてだ。私も子どもの頃、教会の庭にある幼稚園に通っていた。大きな教会だと思っていたが、大人になってから訪れると、思いのほか小さかった。この子達にとっては、大きな教会での晴れ舞台。

10時の鐘とともに、教会内に子供たちが舞台衣装を着けて、入場する。イエス様の生誕の劇をやるので、ヨゼフ、マリア様、羊飼い、3人の賢者、天使達が入場。賛美歌と共に、ページェントが進行する。朝の光がステンド硝子から差し込み、きらきらひかる教会の中。賛美歌を歌い、何度も練習したであろう長い台詞を大きな声で言い、聖書の一節を唱える子供たち。こんなに大きく成長したのかと思うと、涙が溢れる。どんなに大変でも、辛くても、この子達がこんなに成長しているなら、どんな苦労も報われる気がした。

牧師である園長先生が最後に言う。
「今日の成果は、何度も繰り返し練習してきた努力の賜物です。家に帰ったら、たくさん誉めてあげてください」

たくさんたくさん誉めてあげたい。お母さんは今日、本当に感動したよ。本当に大きく立派になって、嬉しかった。

 

2003年12月17日

面談

今週は、プライベートでばたばたしているので、半休取ったり、早退ばかり。今日は、来年度からの夜7時までの延長保育の面談があるので、仕事を30分ばかり早退。

さて、今の保育園は6時半が閉園。5時36分定時の私は、チャイムと共に駅に走り、6時15分にお迎えに行く毎日。電車を一本乗り過ごすと、閉園ぎりぎりになってしまう。園長先生が言うには、延長保育をすることで、母親にゆとりをもって子育てできるようにしたいということらしい。
「6時半までにお迎えには行けるんです。ただし、走ればですけど。母は病気なので、基本的にお迎えは頼んでません。できればぎりぎりのお迎えじゃなくて、せめて、10分前にはお迎えに行ってあげたいし」

そんなことを言うと、走らなければ迎えが間に合わないのは、気持ちにゆとりができないでしょうと言われる。
「ぱんださんの場合、延長で7時までの方が精神的に楽じゃないですか。薦めるわけじゃないですが・・」
と主任の先生。

「そーなんです。時々、お迎えが間に合わない夢を見るんですね。電車がこないー!とか走れー!みたいな夢なんですよ。あははー」

と言うと、なぜかウケる園長先生。それから、真面目な顔で、
「大急ぎで走りながら毎日、迎えに来るより、少し時間に余裕があって、ゆっくり歩いてこれる方がいいですね。お子さんにとっても、お友達と一緒に待っている方がいいだろうし」
どうやら、誰もが延長保育を受けられるわけではないらしい。迎えに来れる人がいるなら、6時半で迎えに来て欲しいということらしいが、家庭によって事情があるから、うちみたいなぎりぎりの生活を送っている場合は、保育園の延長サービスを受けたほうが、私もストレスはなくなる。

延長保育サービスを受けられるかは、後日、連絡すると言われ、園を後にする。本当に30分時間があれば、歩いて保育園へ行ける。買い物もできる。こうやって少しずつ、うまくいくように動いてくれればいいのだけど。

 

2003年12月18日

クリスマス会

子供たちの保育園では、今日がクリスマス会。サンタクロースがプレゼントを持ってやってきたそうだ。ムスコの話によると、日本語が通じなくて、寒い国からやってきたとか(本当かい?)。

サンタクロースからもらったプレゼントを抱えて、サンタさんのお話を聞きながら家に帰る。今日はことのほか寒い日で、朝、霜が降りていた。真っ暗な夜、3人で手をつないで、その日にあった事を話しながら帰る。私が好きな時間。

先日、同じ保育園のシングルママが
「ぱんださんはいつも走ってる。一生懸命走ってるから、体壊さないかと心配になる」
と言った。同じシングルママ達は、口に出さなくても、今までの大変さや寂しさはよくわかる。だから、あまり口に出さないようにしている。でも、ふとした時に、本音で語られると泣ける。はたから見たら、随分、お気楽で楽しげに見えるかもしれないが、気楽さもある反面、生活は厳しく、将来の不安や寂しさはそれ以上にある。でも、苦しい道を選んだ分、いっぱい幸せになろうと思う。

我が家にやってくるであろうサンタクロースは、お金じゃなく、立派なプレゼントじゃなく、穏やかな気持ち、何が一番大切かを教えてくれるみたいだ。

 

2003年12月19日

ヴァケーション間近

同僚のRちゃんがハワイへヴァケーションへと旅立った。律儀な彼女は、旅行カバンを会社に持参し、ぎりぎりまで働いて旅立つ。部内のアドミニストレーション関係は彼女と一緒にやっていたので、一人でしばらくの間やることになる。

上司の役員ドノは先日、出張先から帰国。ハードなスケジュールだったのか、さすがにお疲れのようで、今日は午後からの出社だった。突然、私の机の上に、パリの土産のチョコレートの箱を置いて、打ち合わせに行ってしまった。えー、これお土産!?驚愕する周囲の人々。凍りついた顔。そう、役員ドノは土産を買わない人だったのだ。何が起こったのか!?

パリ土産のチョコレートを配ると、皆、一様に驚愕の面差しだった。Rちゃんが旅立ったのかと聞かれ、
「一人で大丈夫か?」
と尋ねる役員ドノ。あら、優しい所もあるのね。と、思ったら、じゃんじゃかスケジュールを入れまくり、読み終わった書類をそこらへんに飛ばしまくる。あいかわらずなので、それらを拾い集める。

仕事納めまであと1週間。もうすぐ年末か。その後は、待ちに待った香港旅行!それまで頑張るべ。

 

2003年12月21日

クリスマス礼拝

今日は子供たちが通う教会のクリスマス礼拝に出かける。先日のページェントに引き続き、教会の行事。私も教会の幼稚園に通っていたのだが、宗派が違うのか、お祈りのやり方も違い、ちょっと戸惑ったけど、細かいことは気にしないのだ。

今回は、子供礼拝だったので、参加者は子供ばかり。礼拝の後は、お食事とゲーム。牧師さんは園長先生。園長先生の下の息子さんは、うちの次男坊のクラスメートなので顔見知りも多く、和気藹々楽しい夜は更けた。前牧師さん(つまり前園長先生)も参加し、手品をしてくれたり、突然踊ったり歌ったり、意外に面白いおじいさんだということを発見し、驚く!今の園長先生も、若くけっこうさばけた感じの人でなかなか面白いのだ。最後は、サンタクロースが登場し、プレゼントをもらう。うちの下のムスコが、「ほんもののサンタクロースじゃない!」
と叫び、はぢかしかった(赤面)。

クリスマスイブ礼拝も行きたいけど、その日は残業の予定あり。イブに仕事かよっ!同じシングルママも、イブは残業だよとぼやいていた。彼女のムスメちゃんは、来春から私立の小学校に入学するらしい。この間、マンションを買ったばかりなのに、すごいなあ。もう一人のシングルママもついこの間、マンション購入。頑張るママ達。

普段は子育てと仕事に追われ、自分を省みる暇もなし。たまに教会で静かにお話を聞いたり、自分のことを改めて考え直すのはいいかもしれない。普段はちっとも信心深くないのに、クリスマスになるとなんとなく心が浮き立ったり、清らかな気持ちに(ちょっとだけ)なれるのだ。さて、明日からまだ頑張ろう。

 

2003年12月23日

ついにダウン

日曜の夜、下のムスコが突然、咳き込み夜中に泣き出す。熱も出ているので、薬を飲ませた。翌朝、どうしても仕事に行かなければいけない私は、タクシーで保育園へ送り届ける。気になるので、保険証を持って出勤。

仕事をしていると肩が凝って仕方がない。熱が出てきそうな嫌な予感。医務室へ行こうか迷っているうちに午後になる。夕方になると、胃がむかむかしてきた。医務室に行くと、すでに診察は終わっていた。。熱だけ測ってもらうと微熱がある。駅まで走る気力もなく、30分ほど早く早退させてもらい、子供たちと一緒に病院へ行くことにする。

休日前のせいか、病院は混みあっていた。保育園で流行っている胃腸風邪と冬場の風邪だろうということで薬をもらい、タクシーで帰宅。胃のむかつきがなかなか治まらない。子供はすっかり元気なんだけど。お風呂に入って温まり、早めに就寝。

仕事納めまであと3日。最後の最後でダウン。というか、今まで倒れなかったのが不思議だから、年末にゆっくりしろってことか。週末の温泉旅行は親にプレゼント。子ども達は早めに元オットの所へ泊りがけ面会に行くことになったので今週末はゆっくり休もう。

明日はクリスマス・イブ。神様の恵みがありますように。

 

2003年12月24日

クリスマスイブの夜

クリスマスイブの夜。ずっと抱えている問題が解決されるのかはっきりしないまま、イブの夜を迎える。今日は教会でイブの礼拝に参加することにした。普段は特別に信仰があるわけじゃないのだけれど、一人でゆっくり考える時間が欲しいから。教会はぼんやり考え事をするにはいい場所。

サンタクロースからのプレゼントを買い、教会へ向かう坂を上っていると、礼拝が始まる鐘が鳴っている。急いで薄暗い教会に入る。自分が今、ここにいるのも何かに導かれている気がしなくもない。こうして色々な事を考えて、決断していくのだから。

礼拝が終わり、室内が明るくなると、前に見覚えのある人が座っている。社長秘書のH女史だった。ひゃー。びっくり!大きな教会ではなく、地元の超ローカル教会でお会いできるとはっ!私の隣は、シングルママのお友達で最近、同じ会社で働き始めたMちゃんだ。世間は狭い・・というか、色々な所で接点があるから面白い。

礼拝の後、今の問題が解決に向かっていることがわかった。私は、彼にさよならを言った。彼は私の事を理解できない、私も彼の事がわからない。楽しい事よりも、幸せな事よりも、泣いたり、辛い事の方が多いのはどうしてだろう?私には守るべき子供たちがいて、この子達のために、そして自分のためにいつも笑って幸せでいたいから。

全ては話し合いで進む。思い通りにはいかない。思い通りじゃなくても、少しずつ変わって行く。

今日はイブの夜。子供たちが楽しい夢を見られますように。

 

2003年12月25日

大切なもの

怒涛のような一年がもうすぐ終わる。ここ数ヶ月の忙しさと緊張感がようやく解けて、どっと疲れが出てきた。疲れた。。一人でゆっくり眠りたい。休みたい。

明日は、ムスコちゃんがお父さんに会う約束の日。離婚後の面会を取り決めてよかった。子供は楽しみにしているようだ。明日の朝早く、駅に子ども達を連れて行き、私は今年最後の仕事へ出かける。まだまだやり残している事があるが、疲れて考える気力がない。大切な人へのお礼も遅れているが、もう少し待ってください。疲れてしまって、言葉がまとまらないのです。

この日記を読んでくれている方々へ。色々ご心配おかけしてごめんなさい。いつもありがとう。少し休んで元気になったら、色々お話できるかと思います。

クリスマスの日に、愛する人達が幸せに過ごせますように。

 

2003年12月27日

仕事納め

早いもので仕事納めの日がやってきた。早朝、子ども達はリュックを背負って、お父さんのところへ出かけていった。年に二度の面会の日でもある。お正月楽しんでおいで。私はそのまま会社へ向かう。今日は納会があるので、8時半に出勤し、仕事を始めた。

納会に備えて、飲み物、おすしの注文を確認。予算不足のため(泣)、スーパーでお惣菜を買ってオードブルを作る事にした。実は、結構、こういうの好きだったりする。25人分のオードブルなので、数人の同僚と巣スーパーで山のように食料品を買い込み、大皿に盛り付ける。
「これはおやじ用の皿!こっちは女子ね!」
といいながら、おやじ用(焼き鳥・漬物)、女子用(カナッペ、サラダ、フルーツ等)皿を作って行く。チープなお値段に比して、かなり立派なオードブルのお皿がたくさんできたのであった。

ニッポンの会社なので、社長が役員達を引き連れて、各フロアを挨拶回りするという。なんだか、院長先生のご回診みたいだ。夕方、5時に私達の部署に社長ご一行様ご到着。思ったより若くて、気さくで、優しそうな人だった。
「お、この部が一番食事がいいな」
と言われ、みんなうふふ。。

納会が無事終わり、後片付けをして、仕事を始める。ビールやらワイン飲んだから、ふらふらする〜。
「仕事なんか来年でいいから、食事持って帰んなさい」
と言う役員ドノ。机の上にたまったゴミ・・じゃなくて、書類を片付けてから帰りますー。温厚な紳士のM氏が気を使って私の仕事を手伝ってくれ、PM8:30に職場を出る。M氏は私と一緒に駅まで帰ってくれるようだ(笑)。リチャード・ギア(似)部長が
「気をつけてねー(M氏に)。来年もよろしくねー!」
と手を振っている。こちらこそよろしくー。

M氏と世間話をしながら駅まで帰る。彼が勤めていた会社は1年半前に倒産して、私が今いる会社に再就職したのだった。みんな大変なんだなと思う。子供たちがいないので、静かな家に戻る。

友人にお礼の電話を掛けた後、急に、気分が悪くなり、お風呂に入った。気分の悪さは変わらず、薬を飲んですぐに寝ようと思ったが、突然の吐き気に耐えられず、トイレへ駆け込み吐いた。吐き出すと止まらず、胃の中がひっくり返りそうになりながら全部吐いた。もう吐くものがなくなるまで吐くと、少し落ち着き、這って布団にもぐりこむ。胃腸風邪のせいなのか、納会で飲んだお酒のせいか。それにしても、酒は弱くなった。呑んでる時はよくても、翌日、辛いのだ。

翌朝、布団から出たのは昼の1時半。。やることいっぱいあるのにー。もうちょっと寝てから始めよう。

 

2003年12月27日

胃腸風邪

子供の保育園でひどい胃腸風邪が流行っていた。下のムスコが罹り、彼は私にそれを移した後、元気に旅立っていったのだった。昨晩のゲロ吐きの後、死んだように眠り続け、翌日、熱が出てきた。子供もいないし、親は温泉行っちゃったので、一人で家でゴロゴロする。薬を飲む前に何か食べようかと思ったが、油物、肉、魚、想像しただけで吐き気がするので、子供の食べ残しのぽけもんパンとレモネードを飲む。

寝たきり生活者のように、一日中寝ていた。夜、お茶漬けをかきこみ、解熱剤を飲む。お掃除、片付け、年賀状書き、卒園文集の表紙のデザイン作成、旅行の準備、やることはたくさんあるんだけど、気力なし。明日やりますー。

久しぶりに昔読んだ本を引っ張り出した。病の時に読みたくなる本は、普段となぜか趣向が異なるらしい。学生時代に読んだ小泉八雲の「怪談」を読んだ。古典とか古い文学作品が読みたくなったが、ほとんど処分してなかった。ろくに活字を読むことのない生活が続いていた。家にあった週刊誌をめくったが、テレビから遠ざかってから久しいので、読んでもそれほど興味がわかず、新聞を読むと頭が痛むので観念して寝る事にする。

PCしてる場合じゃない。また熱が出るぞっ!吐いちゃうかも!では、これから寝ます。おやすみなさい。。

 

 

2003年12月28日

年の瀬

年の瀬に寝て暮らしている私。今朝は気分が良かったので、布団を干し、掃除、片付け、年賀状を書く。子供部屋の片付けと、思い立って、寝室のレイアウトを変えてみた。日ごろ動かした事のない家具を動かすと、びっくりするくらいのホコリがたまっていた。一年分のホコリだな。あははー。ホコリを吸い取り、綺麗に拭いてから、家具を所定の位置に配置する。前よりも、少し部屋が広くなった気がする(気がするだけだけど)。子供部屋だけど、上の息子の小学校入学を控えているので、机を買うべきか悩む。

午前中かけて大方掃除は終わる。そのあと、温かいお風呂にゆっくりつかる。髪を梳いて乾かしていると、異常に髪が抜けている事に気がついた。そういえば、布団の回りも毛だらけだった。栄養が足りないのか、出産後以来の抜け毛。まあ、元々、髪が多いので抜けてちょうどいいくらい。

お風呂に入ると、また眠くなり、夜まで寝てしまった。ぐー。あとは、旅行の支度、卒業文集の表紙のデザイン、ついでにHPの更新もしなければ。明日は、銀行、郵便局、コンタクトレンズを買いに行こう。

年の瀬らしく、慌しいものの、新しい年を迎えるために古いことを整理する。来年は気分一新してがんばりましょ。