2002年6月の日記

 

目次

今日から6月

お土産

新しい仕事を始めてみた

得意不得意

麻婆豆腐

コンピューターウイルス

セキュリティブランケット

パスポート

バレエの目線

スケジュール

勘違い

水より安い

「おやじになったと感じる瞬間」

にわかフアン

この道を行けばどうなるのか

お荷物

コントロール

「太陽のせいだ」

局所的肥満

なんでこんなものを・・・

くるくるパーマ

お父さん、お母さん

天の配分

お誕生日

お誕生会

ハンドル・ネーム

 

 2002年6月1日

今日から6月

いや早いものでもう6月。

ここ最近、公私共にいろいろドタバタしておりますが、考えても仕方のない時っていうのはあるようで、そんな時は、何も考えずに自分のやりたいことをどんどんやってみよう!結果は後からついてくるもんだしさ(と自分に言い聞かせてみる)。良い結果も悪い結果も、あとあと考えてみれば、自分にとってプラスになっていることが多いような気がしますのだ。なら、何もしないで後悔するより、何かやっておいた方が、すっきりするし、仮にうまくいかなくても、やるだけやったからと考えられるかも。

言い訳やらこじつけをいい始めるときりがないから、「忙しい」をやらない言い訳にするのはやめようと心に誓う今日この頃でした。

明日は明日の風が吹くということだ!はっはっは〜!また、頑張りましょう。

 

 

2002年6月3日

お土産

めでたく歯列矯正が終わった。帰りがけに、ドクターから思いがけない「お土産」をもらう。矯正前の歯型の石膏。昨日、おそるおそる中を開けてみると、ありゃ、懐かしい昔の私の「歯」が出てきた。み、み、みにくい・・

そういえば、こんな感じだった。2年足らずでこんなに変わっちゃうのか。やっぱり、矯正してよかったとしみじみ思ふ。

そういえば、抜歯した歯もお土産にもらった。レントゲン写真もくれたかもしれない。香港の病院は、なんでもくれるのだった。

 

2002年6月5日

新しい仕事を始めてみた

今まで、お断りしていた仕事を今日から改めて引き受けることにした。せっかくの機会だし、お話がきたということは縁があったのだろうから、やってみようと思い直したのだった。お家でのお仕事なので、子どもが小さい私には都合がよいのだ。

初めてトライする仕事なのでちょっと緊張。とりあえず、なんとか終わったぞ。なかなか面白そう。まだ、コツがつかめないので、しばらくは悪戦苦闘しそうだけど、新しいことを始めると身がしまる思いであるのだ(体もしまってほしい)。

朝は、優雅にバレエをしてきた。気分だけはバレリーナ♪夜は、ボディコンバットで気合入れて、豪快にキックとパンチをかましてきた。いやー、充実した一日だった。

 

2002年6月6日

得意不得意

どういうわけか、メールの送受信がいかれてしまった。受信はできるのに、送信ができないという訳のわからない事態に陥る。

原因を考えてもさっぱりわからないので、とりあえず、PCに詳しい友人にみてもらった。でも、やっぱりうまくいかないので、サーバー元に問い合わせてみる。それでも原因がよくわからないので、パソコン屋のお兄ちゃんに電話してみた。彼らは、現状を冷静に把握し、不都合の原因を掘り下げ、理論的に解決方法を探り出そうとしていた。私のように、テレビやPCが壊れたら、無意味に叩いてみようとかは考えないらしい。

よーく原因を考えて、問題を解決しようとすれば、もっとスムーズに事は運ぶのだと、30を過ぎた今になって(はっ!まだ27歳だった)ようやく気がついた。

そうなの。私は昔から、素直だったので(自分で言う)、「1+1=2ですよ」と言われると、とても素直に(しつこい)「ああ、そうなのか」と何の疑問も持たずに納得してしまうのだった。どうしてこういう答えが出るかを考えないので、時々どつぼにはまるのかも。この性格のおかげで、今に至るまで人生の辛酸をなめてきたのだった。えーん!

パソコンから話は飛んじゃったけど、まだメールの送信ができないままなのだ。誰か教えてー。

 

 

2002年6月7日

麻婆豆腐

最近暑いので、辛いものが食べたくなり、麻婆豆腐を作ることにした。

日本にやってきたばかりの頃は、ちょびっとの豆板醤でも「ひーっ!」って感じだったのが、舌が慣れてきたのか、「ひーっ」を感じることがが少なくなってしまった。「ひーっ」の刺激を求めてエスカレートしていった結果、昔なら絶対に食べられなかったような「ひーっ」的な麻婆豆腐でも食べられるようになってしまったのだった。

「ひーっ」が大丈夫になった頃には、香港の暑さも辛さも習慣にもすっかり慣れちゃっていたことに気がついた。

てなわけで、昨日の夕ご飯は辛ーい麻婆豆腐と餃子(ぱんだ家一回分定量=100個)、春雨のサラダと若芽の味噌汁。ごちそうさま〜。

 

 

2002年8月8日

コンピューターウイルス

やられてしまった。また、やってしまった。先日からの、メールの送信とMSNメッセンジャーの不調はどうやらウイルスのしわざらしい(今現在確認中)。でも、このHPは関係ありませんから、大丈夫。

考えてみたら、昨年秋にも別種のウイルスにやられ、日本語入力が突如、できなくなったのであった。当時、ウイルスにはまったく無知識、無防備であったので、これを教訓にし、無敵のウイルス防御策を開始する。

その甲斐あってか、たんに運が良かったのか、先ごろ猛威をふるったニムダからも逃れ、ほくそ笑んでいた矢先のウイルス事件であった。

第一、万全の構えなんて存在しないのだ。もっとも、私がやることだから、あいかわらずツメが甘く、最新のウイルススキャンを入れながら、自動アップデートにお任せし、自分ではちっともチェックしていないしさー。鈍くさいウイルスでも、セキュリティー・ホールだらけのぱんだPCに侵入するのは、きっと簡単なことであるに違いない。

ともあれ、原因を考えてもさっぱりわからず、PCが不調な事実は変わらないので、直すことに専念することにした。ぱんだちゃんお手上げ。あっはっはー!来週月曜日、業者さん呼びます。
 

 

2002年6月9日

セキュリティ・ブランケット

3歳になった次男のおむつがようやくとれた。とれたと思ったら、赤ちゃん返りしてしまった。

よく、小さい子どもが、お気に入りの毛布を肌身離さず持ち歩いていることがあるけれど、うちの子供たちはこういう「お気に入りの○○」はなかった。というか、何でも良かった。このお気に入りの毛布のことを英語で、「セキュリティ・ブランケット」というらしい。セキュリティブランケットがあれば、ママがいなくてもねんねができる、よそにいっても寂しくない、持ってるだけでなんだか安心のセキュリティってことか。うまいネーミング。

次男に最近、この「セキュリティブランケット」ならぬ「セキュリティ・タオル」ができたのだ。なんてことはない普通のスポーツタオルで、去年から家にあったのだけど、この普通のタオルが突然、次男の「セキュリティ・タオル」に出世した。

お出かけの時は、このタオルを持って、「ベビーカー!シューズいらない!」といいやがる(歩く気なし)。

先日、日系スーパーのマグロの解体をめあてに、この大きな3歳児を乗せたベビーカーを押して、山のように買い物をしてしまった。17キロはあるであろう大きな3歳児をベビーカーに乗せて、お買い物に行くと、本当にベビーカーが壊れてしまいそうだ。壊れなくて良かったとしみじみ思う。

こうして命がけで買った(おおげさ)ほっけの開きと中トロ、鰹のたたきを美味しくいただきましたー。
 

 

 

2002年6月10日

パスポート

先日、パスポートの更新に行ってきた。前回の更新は、5年前、ちょうど、長男を出産する直前だった。その時のパスポートの写真を見ると、若くて、パンパンにはちきれんばかりの臨月妊婦が写っていた。よく、こんな写真使ったなと思う。

この後、5年の間に、子どもが二人できて、随分いろんなことがあった。泣いたり笑ったり大変なことがいっぱいあったけど、みんな元気に無事に生きてるから良かったのだ。しみじみ感慨にふけってみる。。

はあっ!ってことは、5歳になる長男のパスポートも切れるのでは!?あぶない、あぶない。今年の夏で切れるのだ。夏に、日本へ帰省するから、こっちも更新しなくちゃ。

長男のパスポートは、生後3ヶ月の時に取得したものだから、当然、パスポートには生後3ヶ月当時の長男が写っている。お座りもできない頃だったので、白いシーツの上にねんねさせて、上から撮った写真である。か、か、かわゆい・・(→ばか親)。

生後3ヶ月にして、10キロ近くあった巨大な赤子がこぼれんばかりの笑みをたたえている。可愛いんだけど、その後、赤ん坊から幼児へと成長したので、パスポートの写真は彼のアイデンティティを証明するものにはなっていない。大概、イミグレの職員から
「誰?これは?」
と聞かれる。

もう5歳になるんだもんね。長男にとってもこの5年間は、私の5年間以上に成長の歴史だったんだ。お座りもできない赤ちゃんだったのに、今はもう立って、走って、お喋りまでして、私のお手伝いもしてくれる。何気なく、毎日を過ごしてしまっているけど、こうしてみると、毎日毎日、少しずつ少しずつ大きくなっていたのだなと思う。

今度のパスポートの更新は5年後。その時は、10歳になっている。その頃はどんな子になっているのかな。今、撮った写真だって、もう誰かわからない位大きくなっているのだろうな。

私の次の更新は10年後。さて、10年後はどんな私になっているやら。。

 

2002年6月11日

バレエの目線

クラシック・バレエを始めてから、姿勢に気をつけるようになった。バレエの基本は姿勢であるから、姿勢は先生から毎回チェックされる。

横から見て、まっすぐ一直線になるのが美しい姿勢なんだそう。背筋を伸ばし、胸をはる。バレエの先生は、それに加えて、私に、顎を心持ち上げ、目線をはるか上方に向けるようにアドバイスしてくれた。そうすると、普段見ている視界よりはるか上の方。そう、九龍半島の向こうを眺めるような目線になるのだ(こちら香港島ですー)。

私は背が高いので、「目線ははるか九龍半島の向こう」を心がけると、私の視界には人間は入ってこない。なるほど。バレエのあの遠くを見つめるような目線には、人間が視界に入ってこないのか。

普段あまり見上げたことのない香港の空と、はるか向こうの海を眺めながら、ほんの一瞬、俗世間を離れてみる。・・・でも、この姿勢で、普通に生活すると危ないヤツだと思われそうだ。。

 

 

2002年6月12日

スケジュール

子どもがいると、自分のスケジュールが立てられない。あっても、ないに等しいことが最近よくわかった。

お出かけ前に、「おしっこ〜」「うんち〜」攻撃にあい、待ち合わせの時間に遅れる。約束した日に、突如、熱を出し、ドタキャンになる。やらなければいけないことが山ほどあるのに、子どもがぐずってちっともはかどらない。など、数え上げるときりがない。おかげで、信条が「なんとかなるさ」や「出たとこ勝負」みたいな感じになっていくのであった。

考えてみたら、子どもが出来る前は、随分、勝手気ままな生活を送っていたんだなと思う。自分のためだけに時間を使い、もちろんそれが当然だと思っているわけだから、つまらないことに腹を立てることも多かったかも。

自分の都合じゃないことに振り回されながら、毎日暮らしていると、自分だけのための時間や余裕がとってもありがたいことに気がついた。時間がなければ時間を作る知恵をしぼってみるのもけっこう楽しい。そうやってガス抜きしながら、暮らしていると、大変なこともいつの間にか終わっていたりして。。

・・・今、長男に続き、次男はお熱で闘病中。昨日は40.2℃を記録しました。ガス抜きはもうしばらく先になるかもー。

 

2002年6月13日

勘違い

間違ったことを正しいと、長い間信じ込んでいることがよくある。

はい、ここで質問!学校の授業をサボる時、人に出席のお返事だけ頼んだりすることを何て言うでしょう?私は、「代弁(だいべん)」だとここ10年以上信じ込んでいた。だって、誰も訂正しなかったんだもーん!答えは、「代返(だいへん)」なの?え、ほんとにそうなの!?

そういえば、むかーし、名古屋名物「ひつまぶし」を食べに行ったことがあった。「ひつまぶし」とはウナギを細かく刻んだものをご飯に混ぜて食べるもんである。同僚の名古屋人に連れられ、10数名でどやどや「ひつまぶし」名店へ押し寄せた。なんせ、人数が多かったのもので、先発隊の私と数名が先に、店内に入って大人しくしていた。

お店のおばちゃんが、
「ご注文は?」
と聞くので、つい
「ひまつぶし(暇つぶし)下さーい♪」
と答えたら、誇り高い「ひつまぶし」名店のおばちゃんを怒らせてしまった。それ以来、食べていません。「ひつまぶし」。

知らなかったら一生の恥になっていたとこでした。「だいへん」と「ひつまぶし」。

 

2002年6月14日

水より安い

ジム通いの後の、ビールが日課になってしまった。

汗を流して、運動すると、水よりもお茶よりも、「シュワー」っとする飲み物が飲みたくて、ついついビールに手が伸びる。ぱんだ家は私以外飲まないので、ビールは私だけのために買い、冷蔵庫の奥深くに潜ませてある。

おかげで、体は締まったような気はするものの、体重は増えているかもしれないという恐るべき事態になりつつあり、怖くて体重計に乗れないのであった。わーん、どうしよう!!

香港のビールは安い。なぜか水より安い。水より安い飲み物って一体、何でできているんだろう?

 

 

2002年6月15日

「おやじになったと感じる瞬間」

某サイトを見ていたら、面白い投稿を発見した。「おやじになったと感じる瞬間」。これは、30代以上の男性諸君が実際に感じた「瞬間」なんだそうだ。

・TVのチャンネル回してって言うとき
・立ったまま靴下を履くとふらふらして時間がかかるようになった
・足を組んで座るとくるしくなってきた
・足の爪切るのツライ。
・8歳のこどもにかけっこで負けた。
・飲むと2軒目以降を完璧に忘れる
・新陳代謝しなくなってきた
・このあいだ乗っていった車を忘れて電車で帰ってきた
・くわえ煙草がぷるぷる震える
・寝るとこむらがえる今日このごろ
・ドキュメンタリー物を見るとつい感動して泣いてしまう。年と共に涙腺がゆるくなってきた。
・歯磨きの時、口をゆすぎながらカーッと言う。
・ラーメンより蕎麦が良くなった。
・ビールより焼酎が好きだ。
・己の写真を見た時
・友人同士で病気自慢に花が咲く
・1年が短く感じる
・知らない人に声を掛けるのが平気になってきた。
・冗談でも、自分の歳を若く言った時
・何をしようとしていたか、すぐに忘れる。

がはは!あれ?でもこれは、「おやじ」を「おばさん」に置き換えても同じことだな。

この間、ボディ・コンバットの時、片足立ちをしようとしたら、バランスが取れなくてフラフラしてしまった。ああ、これって「立ったまま靴下を履くとふらふらして時間がかかるようになった」と同じだ。

最近、とみに健忘が進んでおり、お約束した事は、紙に書いておかないと到底覚えられない。いや、スケジュールに入れても忘れてしまうことがある。私との口約束はないも同然である。買い物に行けば必ず、一つ二つ買い忘れがあり、お手伝いさんに頼んでおいたお仕事も忘れる(もっとも彼女は3つ頼むと必ず一つ忘れてる)。ああ、これもやばい。

でもいいのだよ。毎日が充実していればさ。おかげで毎日があっという間に、一年が矢のように過ぎていく。はっ!これもやばいのか。。
 

 

2002年6月16日

にわかフアン

にわかユーミンフアンになり、コンサートに潜入したのに引き続き、今度は、にわかサッカーフアンになりすまし、某レストランの巨大スクリーンで観戦してきた。

うちは、有線放送に加入していないので、お家で観戦できない。それを知ってか、先日の試合の前の晩に、有線の社員が勧誘にやってきた。サッカーだけのために加入するのもしゃくにさわるので、冷たく断り、翌日、そそくさとサッカー観戦にでかける。

にわかフアンなので、誰が誰だかわからない。前半ちっとも得点が入らないので、口が寂しくてビールをがぶ飲みし、がつがつ食べてしまったので、後半に入る頃には眠くなってしまった。しかも、子連れで行ったので、子ども連中は、飽きてきたらしく、途中、親の目を盗んで脱走しようとしたり、悪さをするので、得点が入った瞬間、横を向いていたりしたのは無念だった。一体、何しに行ったんだろう?

ともあれ、日本の勝ち〜。次回の試合は、18日香港時間2時半から。トルコ戦です。また、行かなくっちゃ。

 

2002年6月17日

この道を行けばどうなるのか

たまには、真面目な話をしてみます。

夢中になりすぎたり、余裕がなくなると、大切なことが見えなくなってしまうことがある。

感情的になった時、一歩引いて、自分が置かれている状況を見てみると、意外なこと、今まで見えなかったことが見えてくる。人間だから、泣いたり笑ったり怒ったり感情的にもなる。どんな感情も自然に湧き出るものだと思うから、これは当然。何の感動もない人生なんてつまらないもんね。ただ、あまり感情に流されすぎると冷静に考える余裕も、判断もできなくなってしまう。

優しさや思いやりは、「余裕」の部分から出ることが大きいとは思うものの、余裕がない時こそ、周りや大切な人に気を配りたいものだと思う。

相手のことをわかったふりをしても、人の気持ちはわかるものではない。まずは、自分が自分のことを理解してあげないといけない。それがうまくできれば、人を傷つけたり、傷つけられたりすることも少なくなるんじゃないかと思う。

これから先の人生、色々なこと、思いがけないこともあるだろうけど、自分を信じて、自分の足で立ってみようと思う。

「この道を行けば
   どうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
   その一足が道となり
   その一足が道となる
迷わず行けよ
   行けばわかるさ」
(一休 禅より)
 

 

2002年6月18日

お荷物

休日に、(めずらしく)子連れでお出かけした。

小さい子どもがいると何かと荷物は増える。特に、赤子連れの時は、ミルク持って、おむつもって、着替え持って、お菓子持って、おもちゃも持参で出かけていた。服装も、よだれ、涙、鼻水がついても構わないTシャツにフットワークのきくGパン、走りこみのできる運動靴に上記の大荷物を入れたリュックを背負い、重装備で出かけていた。買い物へ行く時は、下の子を背負い、上の子はベビーカーだった。

しかーし!下の子もようやくおむつが取れ、上の子も随分、頼りになるようになった。今では、お出かけの時は、ワンピースなんか着ちゃったりなんかして、お荷物は、ハンドバックにお財布と鍵、お化粧道具だけもって、ランラン〜♪と行けちゃったりするようになったのだ。嬉しい(涙)。アクセサリーだって、引きちぎられることもなくなったから、ジャラジャラ付けたい放題だ。嬉しい(感涙)。

しかーし!子連れでのお出かけは、万が一、危険な状況に陥った際ダッシュできるように、常に、体中の筋肉は緊張しており、人に迷惑かけないように見張っているので、目つきは悪い。やっぱり、優雅にお出かけはまだ程遠いのね。。はあ〜。。

 

2002年6月19日

健康について

若い頃は健康を誇っていた私も、子どもを出産後、だんだんがたがきて、二人目の子どもを出産した後は、すっかり虚弱体質になってしまった。

肩こり、頭痛、胃弱など、不定愁訴が絶えず、すぐに、風邪を引き、一度体調を崩すとなかなか元に戻らない。「ああ、私は体が弱いのね・・」と思い、横になっていると、子どもが腹の上に飛び乗ってきたりするので、おちおち寝てもいられない。結局、体に鞭打って、無理しながら生活していると、ますます調子が悪くなるという悪循環に陥る。

以前は、徹夜で仕事したり、勉強したり、遊んだりできたのに。。と思っても、所詮は過去の話だと悟らざるを得なくなってしまった。快調に走っていた車でも、長い間、走り続けていればガタが来て当然だろう。ここらでメンテナンスしなければと思い直し、最近、運動を始めた。

始めたら、あら不思議♪肩こりも治り、頭痛もしなくなり、食欲は旺盛、いっぱい食べるので、体力も付き、家族中倒れても私だけ無事というこの壮健さ。いやー、やっぱり健康が一番ですわ。

自分の体は自分がいたわってあげないといけない。休める時に休んだり、大事にしてあげられるのは自分だけだからね。これからの課題は、健康維持と自己管理だとしみじみ思う。まだ当分、走り続けてもらわないといけないので、もうちょっと頑張ってもらおう。

てなわけで、バレエやらボディ・コンバットにいそしんでいたら、足がつりそうになった。なんでもほどほどにしないとダメなのね。とほほ。。

 

2002年6月20日

コントロール

二番目の息子のおむつがようやくとれた。

取れたといっても、まだうまく排尿コントロールはできない。タイミングを見計らい、トイレに連れて行けばちゃんとできるけれど、遊びに夢中になっていたり、別のことに気をとられると忘れちまうらしい。

先日、こやつが悪さをしでかしたので、叱りつけた。謝りなさい!と言っても、頑固に首を横に振り、しまいには、わんわん泣き出してしまった。子どもごときに親が負けてたまるかと思い、「ごめんなさいするまで、そこでずっと泣いていなさい!」と捨てゼリフを残し、勝手に泣かせることにした。

そしたらだ。泣きながら、おしっこじゃーじゃーされてしまった(涙)。よく見たら、うんちまでしておった。そう。泣くと、排尿コントロールできなくなってしまうの。

この間なんて、ベッドの上で私と息子二人とじゃれて遊んでいたら、息子二人が喧嘩を始め、やってくれた。よりによって、二番目の息子が私の胸の上にまたがり、わんわん泣き始めてしまった。結果はもちろん、私の上でじゃーじゃー。。

今度から、トイレに連れていってから、叱ったり、遊んだりしようと心に誓ったのであった。

 

2002年6月21日

「太陽のせいだ」

暑い。暑い。暑い。

あまりに暑すぎて、思考能力停止状態。やらなきゃいけないことも、考えなきゃいけないこともたくさんあるような気がするのだけど、すぐに忘れてしまうので、とりあえず、目の前のことから処理することにする(いつもと同じじゃん)。

このくそ暑い中、仕事の研修で試験を受けなければいけななくなった。しかも「火災訓練」について。炎天下の下、何の試験だったかも忘れ、試験を受けてきた。これで試験に落ちて「太陽のせいだ」と言っても許されないだろうなあ。。

 

2002年6月22日

局所的肥満

私は大食いである。でも、その割にはふくよかだと言われないのは、下半身に比して、上半身に肉がつきにくいためだと考えられる。

目の悪い人や、細かいことに気にしないおおらかな人などは、「まあ、なんて華奢な方」とか言ってくれる。腰周りや太ももにかなーりにぜい肉がついているのだけれど、このあたりは、お洋服で隠れることが多いため、普段は露見することなく終わってしまう。

でも、たまにミニスカートを履いた時や、夏場に露出度の高い服を着た折など、周りの人を驚愕、当惑のるつぼに陥れる。「えっ、こんなにむ○む○?!」。やはり、愛すべき友人や周囲の人間を混乱に陥れるのは、忍びないので、最近は、自分から事実を暴露することにした。

よく考えてみたら、仮に暴露しても、周囲の人間を当惑、驚愕、混乱させる事実には変わりが無いので、考え方を改め、局所的ダイエットを開始する。

ちょうちんブルマー状のサウナパンツを、バレエのレオタードの上に着るのである。これなら、胸は減らずに、むちむち部分だけ汗をかいてすっきりするに違いない。

・・・でもそのわりに、すっきりしないのはやっぱりレッスンの後のビールのせい?

 

2002年6月23日

なんでこんなものを・・・

男と女では、脳の構造とか本質がまったく違うらしい。女の私から見ると、摩訶不思議でいっぱいである。

Hitmanくんの日記に男女に関する面白い方程式が紹介されていた。
http://www.remus.dti.ne.jp/~hhara/

☆結婚後の買い物における数式☆
男性とは1ドルする必要なのものを2ドルで購入する。
女性とは2ドルする必要でないものを1ドルで購入する。

なるほど。男の人は、必要なものであれば、多少高くても購入し、女の人は、必要ないものでも安ければ買ってしまう。

だから、お互いに思うのか。「なんでこんなものを・・・」

 

 

2002年6月25日

くるくるパーマ

久しぶりにくるくるパーマをかけた。10年ぶりくらいかもしれない。

若かりし頃は、お金がなかったので、年に2,3回ほど、ぐるんぐるんにパーマをかけて、とれかかったら、寝る前に、三つ編みをして寝ていた。そうすると、翌朝、それなりにきれいなウェービーヘアーが完成するのだった。お金かからず、手間いらずである。

さらさらストレートにはずっと憧れていたのだけれど、私の髪は量も多く、硬いので、伸びてくるとかなり重たく見え、「お岩」状態になる。その点、くるくるパーマならぼわっとふくらんでも、「これはパーマのせい」と言える+洗いっぱなし+翌朝はムースをつけるだけ+はねてもわかんない=無精者の私にはぴったりの髪型。

あ、でも、ちゃんとセットするつもりですのよ。きれいにしてくれたヘアースタイリストさま、ありがとうね。

 

 

2002年6月26日

お父さん、お母さん

ぱんだ家は、トラディショナルかつコンサバティブな家庭でもあり、オットの「男にパパ、ママと言わせるな!」というよくわからない理屈により、子ども達には「お父さん、お母さん」と呼ばせることにしている。

小さい子どもにとって、「お父さん、お母さん」ときちんと発音することは難しい。特に、言葉の遅い我が家の子ども達はいつまでたっても言えなかった(今でもちゃんと言えない)。

他の子ども達が早いうちから「ママ〜」と呼んでいるのを見て、とっても羨ましかった。早く、お母さんって呼んで欲しいなと思っているうちに、インターのナーサリースクールに入ることになった。

そのうちに、上の息子は私のことを「マミィ」と呼び始めた。「マミィ」と呼ばれるたびに、「お母さんはね〜」と言い直していたが、だんだん面倒くさくなり、そのままにしたら、母=マミィだと思い込むようになってしまったのだった。しかし、父には「お父さん」と呼んでいる。日本人幼稚園へ転校してからは、日本人らしく「マミィさん」と呼び始める。

二番目の息子も、最近、ようやく少し話すようになり、やっと私のことを呼んでくれるようになった。「マミィちゃん」

今は、二人とも母を「マミィちゃん」父を「お父さん」と呼んでいる。これでいいんだろうか?

 

2002年6月27日

天の配分

「天の配分」という言葉がある。人にはそれぞれ、天から配分されたやるべき仕事があって、各人それは違うけれど、背負いきれない荷物を背負わされている人間はいないという意味だった気がする(違ったら、ごめーん)。みんな何かしら、やらなければならない荷物をしょっていて、自分だけが偉いわけでも、大変なわけでもないのだ。

自分の分をわきまえている人は、人の領域のことに、とやかく口をはさまない。自分の配分をよーく見て、やるべきことをしていれば、他人の配分を羨んだり、けちをつけたり、優越感を感じたりする必要なんかないはずだから。

何が正しいか、正しくないかも、それぞれの配分内での価値基準にすぎないから、自分が正しいと思っていることでも、他人にとってみれば、そうでないこともある。他人だけではなく、家族、友人、同僚など誰にでも当てはまることだと思う。

世の中、善悪だけで割り切れるほど簡単なものではないし、みんなそれぞれ立場があって、言い分があって、考え方も違う。それは当たり前のこと。当たり前のことなんだけど、自分だけの小さな世界を中心に考えてしまうと、それが、当たり前のことだと考えられなくなってしまうことがある。

自分の考えを無理やり他人に押し付けることはできないし、仮に、言葉で相手を打ち負かしたとしても、それは、一時的に優越感を感じるだけにすぎない。自分は変えられても、他人は変えられないから。

天から与えられたはずの自分の配分を、たまには見直したり、考え直したりすることは大切かも。時々、大切なことを見落としたりしているから。
 

 

2002年6月28日

お誕生日

今日は、上の息子の誕生日。

5年前のこの日、仕事を終えてお家に帰ったら、破水して、結局、そのまま入院、出産になっちゃったんだっけ。ちょうど、香港が中国に返還されるため、香港中が盛り上がっていた頃。

初めてのお産で何がなんだかわからないままに終わってしまい、赤ちゃんが生まれても「どーしたらいいの?!」という感じだった。本でいくら勉強しても、人の話をいっぱい聞いても、経験してみないと全く想像のつかないことだと思う。妊娠、出産、子育てすべて。

妊娠、出産はとりあえず、期間限定だけど、子育ては長い。綺麗事で済ませられないことも多い。理想をいえば、母は優しく、元気で、愛情深く・・・なんだろうけど、実際は、いつも怒ってばかりで、泣き叫ぶ子どもらに翻弄され、寝不足・慢性疲労・腰痛・頭痛・肩こり持ちの母であった。子どもも、想像していた天使のように美しく、穏やかでよく寝る子どもではなく、天使というよりはおサルに近く、時には、悪魔のように泣き叫び、母の睡眠と精力を削りとる恐るべき存在であった。

それでもおサルは可愛い。どんなに疲れていても、どんなにイライラしていても、怒ってはいても、おサルたちが幸せに元気に育って、一人前になってほしいと思う。

今日は、家でお誕生会を開いたのでもうくたくた。。たくさんのお友達にお祝いしてもらって楽しそうだった。疲れたけど、やってよかったな。くたびれたので今日はもう寝ます〜。
 

 

2002年6月29日

お誕生会

昨日は、長男君のお誕生会をお家で開いた。子ども達だけでお友達のお家に遊びにいけるようになったこともあり、下に兄弟姉妹がいるお家以外は、子ども達だけの参加。特に、揉め事もなく、楽しそうに終始遊んでくれたので良かった良かった(^^)。

子どもだけなら、簡単なものだけ用意すればいいやと思い、作ったのは、バースデーケーキと鶏のから揚げくらい。あとは、フルーツを切って、お菓子とジュースだけ。

お菓子関係でよく売れたのは、
・ジェリービーンズ
・ポテトチップス
・ソフトキャンディー
意外に売れなかったのは、
・いちごポッキー
・マシュマロ
・フィンガーチョコレート
なんでだろ?

バースデーケーキは、卵6個使用の巨大まな板サイズのイチゴのケーキ。スポンジの間を切って、中に生クリームとイチゴをはさもうと思ったのだけど、あまりに大きすぎ、膨らみが足り無すぎ、底がちょっと焦げちゃったこともあって、表面だけ生クリームをのせることにした。裏にもシロップ塗っとけば良かったな。ケーキは、15名の子どもらに食べつくされ、翌朝、残りを食べたら、全部なくなっちゃった。

鶏のから揚げは、1キロ分揚げたので、多分余るだろうと思っていたら、一個も残らなかった。フルーツは、スイカが少し売れただけ。メロンは甘みが少なく、ほとんど売れ残り。暑かったせいか、飲み物はは、麦茶2リットル、コーラ1.5リットル、ファンタ3リットル、アップルジュース1.5リットルが幼児の腹の中に消えた。

子どもがたくさん集まると、なんであんなに暑いのだろう?エアコン最強にしていたにもかかわらず、暑くて暑くて仕方がなかった。15名(くらいいたかなあ)の子どもらに、次から次に色んなことを聞かれ、フーセンを20回以上膨らませていたら、フラフラしてきた。頭がボーっとしてきたので、思わず、ビールを開けてしまう。

最後は、えいひれをあぶって、お迎えに来たお母さんたちと酒盛り(居酒屋かよ)。2時半くらいから始まり、後片付けを手伝ってくれた友人の子どもたちと一緒にお風呂にいれたら、もう7時半だった。

疲れた。。まだボーっとする。。
 

 

2002年6月30日

ハンドル・ネーム

2年前、インターネットを始めて、HPを開いた時、ネットでは、ハンドル・ネームを使うのだよと言われた。ハンドル・ネームは、芸能人にとっては芸名、作家にとってはペンネームに相当するネットでの自分の名前になる。その頃は、ネットに全く依存していない生活を送っていたので、なんでもいいやと思い、子ども番組から流れていた「パンダ・うさぎ・コアラ」の「パンダ」をとって、「パンダ」にした。

その後、私のハンドル・ネームは、「パンダ」から「ぱんだ。」へと一度、変わっている。「パンダ」時代、不運に見舞われたので、ハンドルネーム占いをしてみたら、カタカナ「パンダ」よりひらがな「ぱんだ」の響きがより柔らかで、モーニング娘。風に「。」をつけることで、今風な感じになり、大吉とあったので、「ぱんだ。」に変えた。

ネットを介して人に会うと、「ぱんださん」と呼ばれるので、最初の頃は、妙な感じがして仕方がなかった。かといって、本名で呼ばれるのも落ち着かない。「ぱんだ。」の私も、本名の私もどちらも同じなんだけど、ネットでは、私のプライベートはあまり明かしていないので、「ぱんだ。」の私の方が、色んなしがらみ抜きの「自分」を見てもらっているような気がする。

最近は、すっかり「ぱんだ。」が板についてきて、自分=ぱんだ。だと思っている。「ぱんだちゃん」とか「ぱんちゃん」と人前で言われても、大きな声でお返事する。

仕事や家庭抜きのお付き合いというのは結構楽しい。大人になると、会社絡みや子ども中心のつながりが多くなってしまうけど、たまに、自分の本当の名前も忘れて、気の合う人たちと話してみると、素の自分が出てきたりする。でも、本来の生活があってこそネットで遊べるわけだから、うまくバランスをとりながら、「ぱんだ。」と本名の自分がのびのびできるといいな。