2002年11月の日記

色別動物占い

誕生月

おばけ

秋も深まり

学校へ行こう

香港

贈り物

はじめてのお泊り

オーシャン・パーク

大食い早食い

美食三昧

あの日あの時

いろいろあったけど・・・

誕生日

See you again!

空白の時間

ハンコ

ネット生活

2002年11月1日

色別動物占い

ひとまんくんのサイトに、色別動物占いが紹介されていた。以前、動物占いはやったことがあったけど、「色別」だとさらに、細分化されているらしい。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~nntyx4b7/doubutu_hyou01.htm

これによると、私と上のムスコは「銀のコジカ」。下のムスコは「銀のライオン」。この光り物親子の関係は。。

コジカとライオンの兄弟関係。

・・・何かと世話を焼きたがるこじか。こじかは弟がかわいくてしょうがないのですが、ライオンは小さい頃から自己中心的な性質が出ています(ううっ、そのまんまやんか・・)。自分の気分のノッた時に遊んでもらうのはいいのですが、そうでない時に何かとかまわれるのが大嫌い。まして、力関係の弱いこじかが相手だと、年上でも甘く見てしまうところがあります。

あたってるような。。こじかのお母さんはどうしたらいいんだろう?

「ライオンの子どもは、かまいすぎたり、強制されることが嫌いです。抑圧状態が長く続くと、屈折する可能性もあります。放任主義が一番。きめ細かい指導なんてうっとおしいだけ。厳しいしつけよりも、気分屋の部分をコントロールできるように、さりげない助言をするほうが子どものためになります。」

ふむふむ。。。さらに、「こじかの子どものフォローを心がけてあげるといいでしょう。強い兄弟の中で自分を抑えながら育つと、生来の引っ込み思案がもっと激しくなることがあります。」

・・・はい、わかりました。

 

 

2002年11月3日

誕生月

11月は、私の誕生日がある月。また一つ年をとってしまう。。

でも、今年でようやく後厄も終わるので、これからは、いいことがいっぱいありますように(ありゃ、年ばれちっち)。

うちのムスコたちは、10までしか数えられないので、
「マミィちゃん、いくちゅ?」
と聞かれるたびに、
「3つ」
とか答えていますの。ほほほ。やけにデカイ三歳児だけど、素直なのかあほなのか、彼らはまったく疑問には思わないらしい。良き哉、良き哉。

 

 

2002年11月4日

おばけ

下のムスコが、家におがけがいるという。

ある日の夕方、公園で遊んで、家に帰った。口のまわらない3歳児がこんなことをいう。
「公園でねえ〜。おっちゃんが、おばあちゃんのとこ帰ってもいいって〜。だから、帰ろう〜」

おっちゃん?おっちゃんなんて公園にいたっけ?まあ、いいや。所詮、3歳児のたわ言だろう。

ある日、もう一度聞いてみた。
「まだ、おばけいるの?」
「うん、おうちにふたちゅいるの」

ふたちゅ?二つ。まあ、いいわ。ムスコは怖がってないし、一緒に遊んでくれてるみたいし。

先日、上のムスコと下のムスコがブロックで仲良く遊んでいた。ブロックで、幼稚園やお家やレストランを作って、二人で意味不明の会話をかわしている。

「これは、おっちゃんのじゅーしゅね。はい、どうじょ」

おっちゃんのジュース?見えない「おっちゃん」に、彼らは話しかけたり、ジュースやお菓子をあげたりして遊んでいる。見る人によっては、たいへんさむーい光景だけど、本人たちは楽しそう。

おばけまだいるの?と、もう一度聞いてみる。
「うん、みっちゅいる」

みっちゅ?三つ。増えてる。。上のムスコまで、
「あれー。おっちゃんいなくなっっちゃった」
とか言ってる。

日々、増えていく「おばけ」たちとどんな会話をして、どんな風にあそんでいるのかな?私も子どもの頃は、いろんなものが見えていたのかもしれないけど、もう忘れてしまった。いろんな不思議なことがあったけど、今はもうなくなってしまった。この「おばけ」は、純粋な子どもたちにだけ見えるのかしら。

 

 

2002年11月6日

秋も深まり

秋も深まり、気がつけば、随分、気温も低くなった。蒸し暑くて埃っぽい香港から、つかのまの透明な街になる。

寒くなったせいか、人恋しくなるこの頃。人から受ける暖かい気持ちや言葉がやけに身にしみて、嬉しい。

自分で決めたことでも、不安や迷いはまだまだあるけれど、何かあったらいつでも・・・と言ってくれる人たちが側にいるだけで、どんなに心強いことか。

運命。今日、年配の方とお話していて、こんな言葉を聞いた。人との出会いも、それぞれに降りかかる出来事も運命としか考えられないような、偶然で見えない意志が感じられると言っていた。

英語で、「destiny」と言っていた。日本語に訳せば、「縁」ということになるのかな。今、こうして、「destiny」を話し合っている方とも、私が香港に来ていなければ、こうして話をすることもなかったはず。偶然が重なりあって、互いに関わりあうことも、考えてみれば不思議なことだ。

「reincarnation」。輪廻転生。今、この世で何らかの縁があるのは、前世で何か関わりあっていたからだと言っていた。中国も日本も同じ東洋思想が根底にあるから、言っていることはよくわかる。

助けたり、助けられたり、借りをつくったり、返したり。一人で生きているのではないんだとしみじみ思う。

こんなことを考えることが多いのは、透明なこの季節のせいなのか、それとも、そういったことを考える必要性がある時期なのかな。

 

 

2002年11月7日

学校へ行こう

学校を卒業して、すでに、10年以上になる。

学生時代は、いやいや嫌いな科目を勉強したり、偏差値教育に反抗してみたり、学校なんて、勉強なんてと突っぱねてみたり。

でも、今になってみるとよくわかる。いやいやながらも、何かを「学ぶ機会」があるのは、素晴らしいことだったんだ。それが、将来、直接、何かの役に立つ、立たないは別にしても、何かを学ぶことによって、何かしら得るものはあるはずだから。

今からだって、遅くはない。思い立った時が、「ベストな時期」だと思う。大人になってからの勉強は、自分の意志によるものだということ。自分の意志で、何かを学ぶことは、必ず、自分をより高いところへひっぱりあげてくれるにちがいない。

だから、ちょっと考えてみる。「Go back to school」

 

 

2002年11月8日

香港

香港に来たのは、8年半ほど前になるかな。あの頃は、まだ若くて、何も考えていなくて、目の前のこと、生活に慣れるのに必死だった毎日。

色んな国の人たちや文化や習慣が交じり合うこの国で、それなりに自分の居場所を見つけ、なんとか今までやってきた。生まれ育った国よりも、この土地が好きだったこともあったっけ。今でも、この土地や、ここでめぐりあった人たちには不思議な愛着がある。

今日、セントラルの高台から、ビクトリア・ハーバーの景色を見ながら、ふと思った。私をとりまく環境はこんなに変わってしまったのに、この景色はまったく変わっていない。青い空、狭い内海を行きかう船、密集する摩天楼。自分がここで築いてきた生活のことを思う。

8年なんてたいした年月じゃないのだろうな。人間が変わってしまうのには十分な年月でも、街や自然が変わるほどの年月じゃないってことだ。

今日は金曜日。もう週末。よい休日を過ごせますように。
 

 

2002年11月10日

贈り物

色々なことがあった1週間で、夢のように過ぎてしまった。

不幸せなことや辛いことばかり続くのではなくて、幸せなことや嬉しいこともちゃんとやってくる。幸せばかりが続くわけでもなく、そうじゃないこともある。どちらもちゃんと公平にやってくる。さよならばかりじゃなくて、こんにちはもちゃんとやってくる。

思いがけず、嬉しい事がやってきたとき、それは、自分への「贈り物」だと思うことにしよう。もらった贈り物を大切に受け止めよう。

贈り物ばかりが続くわけではないけれど、これからまた、辛い事がいっぱいやってくるかもしれないから、それにへこたれないための、エネルギー源になるにちがいない。頑張った自分への贈り物だから。

へこたれそうになったら、今、もらった「贈り物」を思い出して、また、頑張ろう。いただいたいっぱいの贈り物を胸にしまって、また、前を向いて歩いていこう。

 

 

2002年11月11日

はじめてのお泊り

ムスコたちも大きくなり、お友達と「お家で一緒にねんねしたい!」と言うようになったので、思い切って実行してみた。

金曜日の夜、待ちかねた友人一家が到着。この時点で、ほとんど興奮のるつぼ。みんなで一緒にカレーを食べて、お風呂に入るだけで、狂気乱舞だった。

お風呂の湯沸かし器が壊れていたので、シャワーで軽く済ませる。ちゃんと洗えなかったけど、いいや。一晩くらいくさくても。6歳児、5歳児、3歳児、1歳児を順番にしゃわって、次々に着替えさせる。

「ボクのちんちんおっきい〜」
とか偉そうに自慢しあっていた。たいして変わんないよ。

ご飯も食べさせたし、お風呂も入れたし、あとは寝るだけだ。母達は、これから飲みに行くのだ。はっはっは。

あとは、あまさんにまかせて、夜の街に繰り出す。もう、お腹がすいて死にそうだった。でも、おいしいものを食べるために、我慢したかいがあった(涙)。あそこで、カレー一口なんて思ったけど、食べなくてよかった。ビールが腹にしみて旨い。

遅く始めたので、一気にがつがつ食べちゃった。金曜日の夜なのに、私達が食べ終わった頃には、すでに帰り支度のお客が続々。10時頃には、ほとんどいなくなってしまった。えらくしけた夜だな。みんな二次会?とか話していると、私達以外のお客はみんな帰ってしまった。

ラスト・オーダーが10時半。お勘定を頼んでいないのに、持ってきてくれた。早く帰れと言う感じだ。しつこく居座っていたら、従業員までさっさと帰ってしまい、お店の大将だけ私達が帰るのを待っている。さすがに、いたたまれなくなり、しぶしぶ店を出て、帰途につく。

家に帰ると、1週間の疲れがどっとでてきた。子ども達が雑魚寝している間に入り込み、横になると、知らないうちに眠ってしまった。

翌朝、「でちゃった」といううちの下のムスコの声で目を覚ます。やってくれました。

おねしょ・・・

 

 

2002年11月13日

オーシャン・パーク

東洋一広いといううたい文句のオーシャンパーク。そして、東洋一、親を疲れさせる公園でもあるオーシャンパーク。

いいお天気なので、子どものお友達と一緒に、オーシャンパークに出かけた。大勢で出かけると、きまってうちのムスコたちはパンダが見たいだの、アシカが先だの、色々、注文をつける。そのため、以前は、できるだけ、単独で行動していたのだった。

今回は、みんなで来ているから、みんなと一緒に行動するんだよとよーく言い聞かせた。以前より、成長しているらしく、おおぜいでわいわい楽しそうにしていた。ほっ。

ケーブルで上にあがり、ますは、イルカショーを見る。イルカショーを見ながら、ならなければいけないことをあれこれ考えていたら、気が付いたらショーが終わっていた。イルカちゃんごめん。

汗ばむような陽気の日で、大人も子どもも汗だくになりながら、勾配の多い道をてくてく歩き続ける。あまり暑いので、昼間からビールを飲んでしまった。でも、大量の汗でその後すぐにアルコールは蒸発したらしい。

あちこち歩きまわり、昼過ぎにはすでにぐったりしてしまった。ビールのせいか、疲れのせいか、眠くなってきた。オーシャンパークはいったい、何回くらい来たのかな。子どもが生まれてからは、外遊びが大好きなムスコたちとよく足を運んでいた。

オーシャンパークのお隣は、教習所。そうだ、ここで免許を取ったのだった。あの頃は、まだ、若く(ええ、今も若いのですが)、子どももいなかったので、まめに通っていたような気がする。ちょうど、今くらいの季節。

恐るべき運転で、香港の陽だまりの中を運転していた。懐かしいなあ。「学」プレートをくっつけて、まわりの車たちを驚愕させながら、運転していたのだ。あははー。

・・・今、運転できるかな。。(自信なげ)
 

 

2002年11月15日

大食い早食い

私は大食いなの。でも、見た目、お上品そうに見えるので(ぷぷ・・)、あまりそうは見られないのだ。

しかも、早食いなの。私と一緒に食事をしてくれるお友達も、みんな、大食い・早食い系が多いようで、食事タイムはやけに早い。たまに、のんびりやさんもいるのだけど、私と食べると食欲が増すようです(え、ちがう?)。

しかし、世の中には上がいるもので、先日、お食事をご一緒した人は、私以上に、食べるのが早かった(汗)。私の1.5倍くらい早かった。いつも私が先に食べ終わるのに、先を越されたこの驚愕、焦り。。

しかも、私より大食いだった。私よりヘヴィなものを食べながらも、すべてたいらげていた風景を見た時の、畏怖。。さらに、デザートの巨大なケーキまで食べ終えたあの見事な食いっぷり。

負けた。。

 

 

2002年11月16日

美食三昧

最近、飲みすぎ食べすぎがたたったのか、胃が痛い。。

でも、美食なら食べ過ぎても、わたしの胃が痛くなるなんてありえないはずなのにー。

はっ!?そういえば、先日、ガイドブックや日本のマスコミで有名なお店に初めて足を運んだのだった。入った瞬間から、嫌な予感。・・・お客がいない。暗い店内。時代を感じさせるふるーい音楽。

嫌な予感がしたけど、気をとりなおし、名物料理をいくつか注文した。やけに出てくるのが早かった。事前に作られていたのか!?まあ、いいや。食べてみよ。

熱くて辛くて味なんてわかんないー。熱いうちは、美味しいような気がした。でも、ちょっと冷めた後、食べてみたらまずかった。辛い料理は好きだけど、まずくて辛いのなんて食べれない。おまけに辛すぎる。辛けりゃいいってもんじゃないのだよ。でも、食い意地が張っているので、全部食べてやった。

結局、私達以外にお客は2組しか入らなかった。口直しに、ぱんだ家でコーヒーでも飲むとするか。お勘定!

・・・高い。。高くてまずいものを食わされたこの腹立たしさ。これじゃ、お客も来ないよ。

おまけに、美食に慣れた私の胃腸が不調をきたし、しかも、お肌にまで影響を及ぼし、その日の夕方からにきび(→吹き出物)が出てきたのだ。自慢の美肌がー!えーん!!

こうなったら、旨いもの食って、挽回せねばー!リベンジーー!!

 

 

2002年11月17日

あの日あの時

もうすぐお誕生日を迎える。今度いくつになるかは置いといて、最近、香港に来たばかりの頃のことを思い出す。

今はなき旧啓徳空港。摩天楼が立ち並ぶ狭い街並みをすり抜けるように、飛行機が空港に降りる。一歩外に出ると、息苦しいくらいの熱気、ひしめく人たちから感じられる活気。日本より太陽にずっと近いこの国で、これからどんな生活を送るのだろうかと、不安と期待がいっぱいだったあの日のこと。

夜、灯りを消しても、けっして部屋中が夜の闇に満たされることはなく、一晩中、街の灯りがともる街。いつのまにか香港が大好きになった。

ここで出会ったおおぜいの人たち。ここは、多くの人たちの通過点なのか、人々が出会い、別れていくところ。それでも、香港はあいかわらずたくさんの人たちを受け入れてくれる。

狭い香港、人が多い香港、建物が立ち並ぶ香港。そんなごみごみした所が意外に好き。雄大な自然も素晴らしいけれど、その中で、ちいさな人間たちが作り上げていく建造物や街に感動を覚えてしまう。

そろそろクリスマスのイルミネーションがともる頃。来年はどんなお誕生日、クリスマスを迎えるのかな。

 

 

2002年11月19日

いろいろあったけど・・・

ここ数年、いろいろあったけど、私にとってはそれなりに意味があったことなんだと最近、つくづく思う。無駄なように見えることでも、無駄なことなんて一つもないはず。

嫌な事があっても、それがきっかけで何かを変えることができたり、考える機会ができれば、それはそれでいいんじゃないかな。嬉しい事があれば、それをもたらしてくれた人たちや出来事に感謝できれば素晴らしいことなんじゃないかな。

これも運命と一言で片付けてしまえばそれまでだけど、物事を受け入れる姿勢という点では、前向きな思想かもしれない。

世の中、いろんな人がいるし、生きていればいろんなことがある。自分と違う考えの人がいても、そういう考えを持つに至るまでその人なりにいろいろあったわけで、やみくもに否定する必要もないだろうなと思ったり。思いがけない出来事のように見えても、自分が気づいていなかっただけで、本当は、伏線になっている出来事があったはず。

問題が大きくなる前に、善処すれば、簡単に解決できることでも、放っておくことによって、雪だるまみたいにどんどん大きくなって、気が付いたら、どうしようもない事態になっていく。そこでじたばたしてもある意味、自業自得かもしれない。

文句を言ったり、人を責める前にちょっとだけ考えてみることも大事かも。誰でも、自分のことを悪く思いたくないから、どうしても、原因をよそに求めたくなる。でも、自分が抱えている問題は、自分が種をまいて刈り取ってこなかったものにすぎない。人に期待するより、自分で何とかした方が、物事はうまく動くのではと思う。

人は所詮、他人だし、人の気持ちがわかったようにみえても、本当にわかっているのかは疑問。でも、わかってあげたいという気持ちがあればそれでいい。自分もわかってほしいなら、わかって欲しいということを態度なり、言葉で示さないと誰もわからない。それで、わかってもらえないと文句を言っても仕方ないこと。

今日は、冷たい雨が降る香港。そろそろ香港も冬支度。さて、体調を整えて、頑張ろう。

 

 

2002年11月22日

誕生日

今日、誕生日を迎えた。

去年の自分を思い出してみる。おととしの自分を思い出してみる。こうして、前の自分を思い出してみると、自分や自分をとりまく状況が変わってしまったことに気が付く。

ひとつずつ年を重ねていく。毎日毎日、何事もなく過ぎていくようにみえても、今、こうして振り返ってみると、少しずつ自分も状況も変わっているんだ。

自分なりに考えて、自分なりに頑張ってみて、それで出した結論なので、後悔はしていない。自分で考えて、決めたことなので、これからは、幸せになるように、前を向いて歩いていこう。

去年よりも昨日よりも、ずっとずっと幸せになるようにしよう。

嫌なことも、辛いことも、全部、忘れてしまえるくらいに幸せになろう。

お誕生日を祝ってくれたたくさんの友人たち。本当にありがとう。みんなに支えられて、どんなに心強かったことか。これからもよろしくね。
 

 

2002年11月24日

See you again!

私は、さよならという言葉はあまり好きじゃない。なんだか、二度と会えなくなってしまいそうだから。縁があれば、きっといつか会える。

それでも、大切な人たちにちゃんと挨拶ができなかったのは少し悔やまれる。ごめんなさい。

見送りや送別も苦手。泣きそうになるからあまり好きじゃない。それでも、忙しい中、会いにきてくれると嬉しい。思いがけず嬉しくて、泣いてしまうこともある。もみちゃん、ひとまんくん、ありがとね。

飛行機が香港を離れた時、9年前、ひとりぼっちで彼の地にやってきたことを突然、思い出した。あの時の不安や緊張。そこで出会ったたくさんの人たち。思い出したら、ぼろぼろ涙が出てきた。なんで泣いているのかわからないけど、涙がいっぱい出てきた。この9年間は私にとって、一体なんだったんだろう?

あの時は、ひとりぼっちだったけど、今は、一人じゃなくて、小さいムスコ達もいっしょ。泣いている場合じゃないな。

たいへんお世話になった方からいただいた、翡翠のネックレスをお守り代わりに身につけている。きっと、支えになってくれるにちがいない。それから、お友達からいただいた大切な贈り物。きっと、幸せを呼び込んでくれるにちがいない。

私はふりだしに戻ったわけじゃなく、ひとつコマが進んだのだと思いたい。

久しぶりに深い眠りについた。何も考えず、薬も必要とせず、ぐっすりと眠ることができた。よかった。

 

 

 

2002年11月26日

空白の時間

諸々の手続きがあるので、役所へと向かう。もちろん、小さい二人のムスコ付き。

香港に長く住むと、「ちょっとそこまで」は、ほんの数十歩を意味する(と思う)。でも、日本の「ちょっとそこ」は果てしなく遠く、延々と歩かなければならない。延々と駅まで歩き、電車に乗り、目的地の駅からまた延々と歩く。

この二匹の子イヌ・・・じゃなくて、ムスコがちょろちょろするので、首輪をつけたい気分になる。

さて、役所に出向き、長ーい時間待たされ、いろいろな説明をされた挙句、数時間後、恐るべきことが判明した。私の住民票は、本籍があるK市におきざりにされていたのだった。しかも、9年間だ。私は、香港で税金を納め、しかも、永住権まで取得し、子どもも産んでいる。しかし、法律上は、私は一歩も日本国外へは出ておらず、ずっとK市民だったのだ。「戸籍上」は、私は日本にいながら、香港で出産していたことになる。

人に頼んだ私がバカだった。当惑する市役所の窓口の人たち。区役所内で走り回る元気そうなガキんちょ・・・じゃなくて、お坊ちゃまたちを見て哀れんだのか、いろいろ知恵をしぼってくれた。

じゃあ、こうしよう。K市に連絡して、9年前の海外転出届けを出してもらおう。しかし、K市は遠い。電話で交渉だ。電話口に出たお姉さんは大変親切で、色々、案を出してくれた。「上司に相談してみます」

数分後、その上司は「前例がない」ということで、お姉さんの案を却下。結局、私は、戸籍上は海外にいた記録はないまま、海外で子どもを産んだという「空白の時間」が作られてしまった。子ども達はなんの問題もなく、住民票が作られた。まあ、いいや。

役所で半日を忙殺され、来た道をてくてく帰る。下のちっちゃいムスコが、
「もうあるけにゃい〜。」
と道にへたりこんでしまった。しょうがないな。おんぶして駅まで行こう。そしたら、上のムスコまで、
「ボクも、もう歩けない〜。」
と言う。お母さんは、二人もおんぶできないよ。これからは、3人なんだから、もうちょっとがんばって。

たった10分たらずの道を、汗だくになりながら歩く。ぢかれた〜。

当初の予定では、むちむちダイナマイトボディになるはずだったのに、歩いているせいか、3人とも体がしまってきた。やっぱ、歩くのは健康にいいってことにしておこう。あははー。

 

2002年11月28日

ハンコ

「9年間半透明住民」事件で、早速、大ぼけをかましてしまった。でもいいや。いい記念だし(謎)。

日本に置き去りにしていたのは、住民票だけではなく、銀行の口座もあった。そして、口座開設時の認印をなくしていることに気づく(汗)。通帳作り直せばいいのだよね。そうだそうだ。

この機会に、印鑑一式揃えようと思い立った。先日、朝から冷たい雨が降り続けていたのだけど、午後から、折りよく雨が止んだので、ムスコ達とハンコを買いに出かけた。

まずは実印だな。実印は高いものから安いものまでぴんきりで、なんだかわからない。お店のおばちゃんを捕まえて、
「適当な実印作って」
と言ったら、おばちゃんは適当なお値段の実印を薦めてくれた。
「お名前も入れますか?」
「??」

そうか。実印は姓名を入れるのかー。聞いてみると、私の場合、苗字が一文字でバランスが悪いので、名前も入れたほうがいいと言われたので、そうすることにした。

どういったご用途でお使いですか?とかご結婚なさっているんですか?とか色々聞かれ、めんどくさくなり、
「世帯主ですから、それ相応なやつに・・」

と答えると、隣に座っていた、お上品そうな母娘が一斉にこちらを向く。そして、私の背後には、「おもちゃ買って〜」とごねる下のムスコと、体力をもてあまし走り回る上のムスコ。

そうなの。こんなに頼りない大ぼけの私が世帯主になるのだった。で、印鑑は適当でいいから、早く作ってね。姓名判断でよさそうな字画で作ってくれるらしい。字体は自分で選べる。「幸運を呼び、家内安全」みたいな字体を選んでみた。

できあがりは2週間後。さて、どんな印鑑ができあがるやら。。

 

 

2002年11月29日

ネット生活

ついにADSL開通!

早いのがウリのYa○○○!BB。公言どおり、10営業日以内、実際は、ネットで依頼してから6日目に工事が入り、7日目にモデムが到着した。早いけどほっぱらかし。設定を業者に頼むとお金がかかるので、自力でやってみる。某大企業がやってるADSLとはえらい違いだ。開通まで1ヶ月も待てるかい!

自慢じゃないけど、コンピューターの理屈がさっぱりわかっていない私でも、接続できたくらいだから、誰でもできるんだろう。さすがに、日本人が作るマニュアルは懇切丁寧。これに慣れてしまったら、海外に出た時、さぞ、ギャップを感じるだろうな。自分でやれとか自分で考えてみるということは、日本ではあんまりないから。

小さい子ども二人いると、用事はなかなかはかどらない。ちょっと買い物で半日が終わってしまう。車があれば別なんだろうけど、ぴかぴかのペーパードライバーの私には今のところ、無縁な生活(涙)。買い物しても、重い荷物を抱え、子ども二人を叱咤激励しながら、てくてく歩く。

こんな生活を送っていると、インターネットはやっぱり便利。家にいながら情報集めができる。買い物もできる(プリンター買わねば・・)。クレジットカードの申し込みまでできる。

思えば、ここ最近、ネットには随分お世話になっている。友人との連絡はもちろん、いろんな情報をこの機械ですべてやってくれるから。これが5年前だったら、こう、うまくいかなかったと思う。随分、便利な世の中になったものである。